SACLA研修会「シリアルフェムト秒結晶構造解析研修会」
SACLA Workshop for Serial Femtosecond Crystallography
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所属機関 Affiliation
[1]国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループ
[2]公益財団法人高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
本文
32 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.1 JUNE 2025 803,S)0P AN% C0..ITTEE 3EP03T 国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター SACLA ビームライン基盤グループ Jungmin KANG (姜 正敏) 公益財団法人高輝度光科学研究センター XFEL 利用研究推進室 大 和 田 成 起 SACLA 研修会「シリアルフェムト秒結晶構造解析研修会」 1.開催の経緯 X 線自由電子レーザー( XFEL )施設 SACLA では、 高強度(~ 10 11 フォトン / パルス)かつ 10 fs 以下の 短い XFEL パルスを用いて、シリアルフェムト秒 結晶構造解析( Serial Femtosecond Crystallography 、 SFX )実験を行っている。 SFX は、連続的に輸送さ れる微小結晶(試料)に XFEL パルスを入射し、結 晶が破壊される前に得られる回折パターンを収集す ることで、放射線損傷を受ける前の分子構造を原子 分解能で捉える結晶構造解析法である [1,2] 。タンパ ク質などの生体高分子を室温で測定できること、光 学レーザーと XFEL を組み合わせたポンププローブ 型 SFX 実験で分子の動的構造を時分割観察できる ことが大きな特長である [3] 。このことから、 XFEL 施設が共用されて以来 SFX 実験の実施に対する要 望は非常に高く、 2024 年度の SACLA では、生物系 および材料系試料の SFX 実験が硬 X 線ビームライ ンのビームタイム全体のおおよそ 1/4 を占めている。 一方、実験の原理上、膨大な試料の消費を避けられ ないことに加え、ビームタイムにも限りがあるため、 実験を「効率よく」進め、限られた試料量と時間の 中でいかに多くの有効な回折パターンを獲得できる かが、 SFX 実験の成敗を分ける。 実験行程の効率を高めるために、 SACLA では、 京都大学の岩田想教授らの研究グループと協力し、 DAPHNIS 実験プラットフォームを開発した [4,5,6,7] 。 この実験プラットフォームでは、大気圧のヘリウム 置換チャンバーに [4] 、試料充填やノズル交換が容易 な高粘度媒体インジェクターが導入され [5] 、 4M ピ クセルの大面積受光面を有する Octal 型 MPCCD 検 出器を利用できる [6] 。 1 時間あたり十万枚以上収集 される回折パターンを SACLA の High Performance Computing ( HPC )システムと連携したデータ処理 プロセス( Cheetah パイプライン)を通して処理し、 ほぼその場で解析結果を順次確認できるようにした [7] 。 DAPHNIS プラットフォームは、その開発と 10 年強に及ぶ運用実績を経て SFX 実験行程の効率と 安定性を高め、 2024 年現在、米国 SLAC 研究所の LCLS に続く Protein Data Bank の登録実績を上げて いる [8] 。 一方で、 XFEL を用いた SFX 実験は、従来の放 射光を用いた結晶構造解析とは異なる部分も多く、 SFX の基礎について学ぶ機会に対する要望が寄せ られていた。そこで、 SFX 実験に興味があるものの、 まだ XFEL で結晶構造解析実験を行ったことがない 放射光ユーザーの方々を主な対象として、 「シリア ルフェムト秒結晶構造解析研修会( SFX 研修会) 」 が企画された。計測試料としては、生体高分子試料 を主なターゲットとして想定した。研修会は、今後 の研究提案・実験実施に向けて、現在 SACLA で行 われている典型的な SFX 実験の各行程を体験いた だくことを目的とした。そのため、講習と実習を組 み合わせた形式とし、参加者が試料調製からデータ 処理まで、直接手を動かして体験できるように計画 図 1 .研修会における講義の様子 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.1 (2025 年 6月号) 33 研究会報ࠂ された。 2.研修会の内容 SACLA で行われる初めての研修会となる本 SFX 研修会は、 2025 年 2 月 12 日 (水) と 13 日 (木) の二 日間、 SACLA 実験研究棟で行われた。参加者全員 に実際に各作業を体験いただくため、参加者は 5 名 に制限させていただいた。内訳は、大学所属の方 4 名(うち教員 1 名、大学院生 3 名)と企業所属の研 究者の方 1 名であった。 研修プログラムは、講義、実験実習、データ解析 実習の全 3 部で構成された。講義の部は、 1 日目の 2 月 12 日午前 9 時 30 分から 12 時まで、 SACLA 実験 研究棟 2 階の小会議室で行った。初めに本研修会の 趣旨を説明するともに、 SACLA における利用研究 課題の申請について簡単に紹介した。その後、東北 大学の南後恵理子教授に、 SFX 実験の概要につい ての講義を約 1 時間行っていただいた。この講義で は、 SFX 実験の黎明期から現在の装置開発、研究状 況について説明され、従来の放射光を用いた結晶構 造解析との違い(特長) 、 SFX 実験の課題、 SACLA における実験実施状況、ポンププローブ法や二液混 合法による時分割 SFX 実験などについて紹介され た。その後、東北大学の藤原孝彰助教には、ター ゲ ッ ト 試 料 の 微 結 晶 化( micro-crystallization ) の 方法について、約 30 分間講義いただいた。その中 では、均一な粒径のマイクロメートルスケール結 晶を十分な量(~ 10 8 個 /mL )作るための技術的な 要点について重点的に説明された。 3 つ目の講義と して、 JASRI の Fangjia Luo 研究員からデータ処理 に関する説明が約 30 分間行われた。この講義では、 SACLA の SFX 実験における一般的な回折パターン の解析に関して、データ解析フローの構造と解析に 使用される主なアプリケーションが紹介された。 実験実習の部は、試料結晶化の実習と XFEL 実験 の実習の 2 つからなる。試料結晶化の実習は 1 日目 の午後 1 時から約 3 時間、 SACLA 実験研究棟 1 階の 測定準備室で行った。実習では、 SFX 実験で標準 試料としてよく用いられる鶏卵白リゾチームの微結 晶化を藤原助教の指導の下で行った。ここでは詳細 は割愛するが、本研修会では、文献 [9] で報告されて いる方法に倣って微結晶化を行った。参加者がそ れぞれ直接手を動かし、粒径 4 μm 程度のリゾチー ム微結晶懸濁液を 1 人 1 mL ずつ調製された。測定 の実習は、 SACLA 実験ハッチ 3 で行った。 1 日目の 午後 4 時から約 1 時間、参加者がそれぞれリゾチー ム結晶を試料輸送媒体( Synthetic grease )と混合 し、インジェクターに充填した [10] 。午後 5 時頃から 約 1 時間半は、 XFEL 測定のデモンストレーション を講師が行った。その際、試料の吐出には、研修会 中に参加者が組み立てたインジェクターを利用した。 1.5 μm に集光された XFEL パルス(光子エネルギー 8.5 keV 、パルスエネルギー 600 μJ )を 75 μm 径の 試料ストリームに照射し、約 50,000 枚分の回折パ ターンを取得した。 続く 2 日目の午前 9 時からは、約 3 時間にわたっ て参加者自身でデータ測定を行っていただいた。 1 日目のデモンストレーションと同様の実験条件で、 約 65,000 枚分の回折パターンを新たに取得してい ただいた。なお、ここに記した回折パターンの枚数 は、以下の 2 つの要因を考慮した上で、構造解析を 行うに十分な量と判断したものである。その要因と は、まず、検出器が記録した全フレーム数の内、有 効な回折パターンが記録できたフレーム数の割合 (ヒット率)である。もう一つは、有効なフレーム の内で、結晶学的データの決定(指数付け)に用い られたフレーム数の割合である。 実際の実習では、ある参加者の調製した試料の ヒット率が予想外に低く、試料のストリームも安定 図 2 .参加者による XFEL 実験実習の様子 34 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.1 JUNE 2025 803,S)0P AN% C0..ITTEE 3EP03T しなかったために、途中から別の参加者の試料に取 り替えるというハプニングもあった。このような事 態は通常の実験でも発生することであり、結果とし て、試料調製の難しさと重要性を参加者の皆さんに 実感いただける機会となった。 2 日目の午後には、 SACLA 実験研究棟 2 階の解析 ルームにおいて、 Luo 研究員の指導によるデータ解 析実習が約 3 時間行われた。午前中の実験実習で参 加者らが収集し、 Cheetah パイプラインを通して処 理されたデータを用いて、構造解析の基礎的なプロ セスを参加者には体験いただいた。 SACLA のデー タ解析には、解析用高性能コンピュータ( HPC )が 利用される。そこで、実習に際しては、参加者全員 には一時的な HPC アカウントを発行し、 Luo 研究 員の試演に倣って直接コマンドを打ちながら練習し ていただけるようにした。配布した研修会資料に入 力すべきコマンドをすべて載せ、 Unix 系列システ ムの取り扱いに慣れていない参加者でも、ひとまず 一連のプロセスをフォローできるようにした。なお、 参加者らは研修会後に各自の所属機関に戻った後も、 期間限定で、 HPC を用いたデータ解析を遠隔で行 なっていただけるようにした。 3.今後の研修会開催に向けて 今回の研修会の参加者に回答いただいたアンケー トでは、概ね満足のいく有意義な研修会であったと の声をいただけた。今後の研修会開催に向けて、貴 重なコメントを頂けたので、以下にいくつか紹介し たい。 今回は、 XFEL そのものに対する体験的な要素も 含めて、 SFX 実験の行程全般を網羅した内容のプ ログラム構成としたため、時間が限られる中でそれ ぞれの内容に割ける時間が短くなってしまった。こ のような全体像を理解し、習得する研修会とは別に、 試料結晶化や測定、データ解析といったそれぞれの 行程を対象とした研修会を開催することも検討して 欲しいという声をいただいた。 また、今回の研修会は 1 日目の朝から 2 日目の夕 方までのプログラムで実施された。そのため、移動 を含めると参加のために 3 日程度の時間の確保が必 要となり、特に教員や一般企業の研究者にとっては 参加の障壁になり得るとのコメントもいただいた。 例えば講義などの一部の研修をオンラインで実施す るなどして、現地の滞在時間を減らす取り組みも検 討する価値があると思われる。 さらに、より複雑な実験に対応する形で、光学 レーザーや二液混合システムを用いた時分割の SFX 実験に関する研修を希望する意見もあった。 SFX 実験に興味を持つ利用者のほとんどが、最終的に時 分割実験の実施を希望していることを考えれば、こ れに重点をおいた研修会の需要が大きいことは理解 できる。一方、取り扱う内容として研究そのものに 踏み込む側面があるため、どこまでを研修内容と するかについては、きちんと検討される必要があ る。現在 SACLA で実施されている Feasibility check beamtime ( FCBT )や試験利用の枠組みも考慮し、 利用者のニーズに的確に対応できる形の支援を模索 していきたい。 本研修会は JASRI の XFEL 利用研究推進室が主催 し、開催にあたっては、東北大学の南後恵理子教 授および藤原孝彰助教、理化学研究所放射光科学 研究センターの SACLA ビームライン基盤グループ、 JASRI の回折・散乱推進室 回折構造生物チーム (旧・構造生物学推進室) 、研究プロジェクト推進室 の皆様にご協力いただいた。また、本研究会の開催 に当たりご支援いただいた JASRI 利用推進部の皆 さまに、心から感謝申し上げる。 参考文献 [ 1 ] Nuetze et al .: Nature. 406 (2000) 752. [ 2 ] Chapman et al .: Nature. 470 (2011) 73. [ 3 ] Nango et al .: Science. 354 (2016) 1552. [ 4 ] Tono et al .: J. Synchrotron Rad . 22 (2015) 532-537. [ 5 ] Shimazu et al .: J. Appl. Cryst. 52 (2019) 1280-1288. [ 6 ] Kameshima et al .: Rev. Sci. Instrum. 85 (2014) 033110. [ 7 ] Nakane et al .: J. Appl. Cryst. 49 (2016) 1035-1041. [ 8 ] Orville et al .: Time-Resolved Studies of Protein Structural Dynamics. In: Ueda (eds) Ultrafast Electronic and Structural Dynamics. Springer, Singapore. (2024). SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.1 (2025 年 6月号) 35 研究会報ࠂ [ 9 ] 南後恵理子他 : 蛋白質科学会アーカ イ ブ 8 (2015) e081. [10] Sugahara et al .: Nat. methods. 12 (2015) 61. 姜 正敏 KANG Jungmin 国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター SACLA ビームライン基盤グループ 〒 679 - 5148 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0802 e-mail : j.kang@spring 8 .or.jp 大和田 成起 OWADA Shigeki 公益財団法人高輝度光科学研究センター XFEL 利用研究推進室 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0992 e-mail : osigeki@spring 8 .or.jp