ナノテラス事業推進室、共用開始にあたって
NanoTerasu Promotion Division: Launching Public Use
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所属機関 Affiliation
(公財)高輝度光科学研究センター ナノテラス事業推進室 NanoTerasu Promotion Division, JASRI
本文
公益財団法人高輝度光科学研究センター ナノテラス事業推進室 室長 大 石 泰 生 ナノテラス事業推進室、共用開始にあたって 1.はじめに 第 4 世代放射光源である 3 GeV 高輝度放射光施設 NanoTerasu [1] は、国側の主体者である量子科学技術 研究開発機構( QST )が、光科学イノベーションセ ンター( PhoSIC )を代表とする地域パートナーと 共に、官民地域パートナーシップに基づき、東北大 学青葉山新キャンパスに建設した放射光施設 ( Fig.1 ) である。 NanoTerasu は SPring-8 や SACLA と同じく 特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律 (以下「共用促進法」という)によって、 「特定先端 大型研究施設」と位置付けられている。 NanoTerasu は、日本国内で培われた高度な加速 器技術を継承し、特に蓄積リングにはマルチベンド アクロマットラティス技術を採用することで、世界 トップクラスの低エミッタンスと高コヒーレンス 特性を実現した高輝度放射光施設である [2] 。光源と してはアンジュレータとマルチポールウィグラー ( MPW )の挿入光源のみを備え、軟 X 線からテン ダー X 線領域での高度利用が期待され、特に軟 X 線 を用いた物質の機能発現に関わる電子状態の可視化 能力に期待が寄せられている。また、 MPW を用い ることで硬 X 線も発生可能であり、 20 keV 程度の領 域では SPring-8 の偏向電磁石光源より高い輝度が獲 得できる。これらの卓越した性能は、物質の構造や 機能を原子・分子レベルで詳細に解析することを可 能にする。これら光源特性によって、材料科学、エ ネルギー科学、環境科学、生命科学など、幅広い分 野における研究開発を飛躍的に加速させることが期 待されている。 NanoTerasu は、コロナ禍の影響を若干受けたも のの、 2023 年 3 月に基本建屋が竣工され、それを取 り戻す早さで加速器調整が進捗し、同年 12 月 7 日に はファーストビームの取り出しに成功した。 2024 年の 4 月 9 日からはコアリション利用が、同年度の 2025 年 3 月 3 日からは共用利用(後述)が開始され、 いよいよ本格的な定常運営に至った。これらの経緯 について予定通りの運転開始に向けて取り組まれた 関係者の方々とその尽力に対して、敬意と感謝の意 が表されるべきである。 2.NanoTerasu の利用・体制 NanoTerasu には共用利用とコアリション利用と いう 2 つの利用制度がある。コアリション利用 [3] は、 担当機関である PhoSIC と放射光施設の利用を希望 する企業・学術機関が有志連合(コアリションメン バー)を組み、加入金を拠出することで PhoSIC が 整備したコアリションビームラインを利用できる仕 組みである。コアリションメンバーは課題審査を経 ず利用予約が可能で、成果を専有することができる。 放射光に関する専門知識がなくとも高度な研究開発 が可能となり、産業界のニーズに基づく利用と学術 界との連携促進が実現すると考えられている。 一方、共用利用は、国内外の産官学研究組織に 属する全ての研究者による研究課題の申請が可能 で、審査を経た課題の成果については全て公開義務 がある。共用利用の対象となる共用ビームラインに ついては QST が建設とそれらの運転を行う。高輝 度光科学研究センター( JASRI )は、 2024 年 3 月 27 日に公布された改正共用促進法に基づき、同年 4 月 1 日から NanoTerasu の登録機関に認定され、共用に 関わる公平で公正な利用課題選定と、共用ビームラ インでの利用者支援に責任を持つこととなった。 NanoTerasu はその用地が東北大学から提供され、 地域パートナーによるサポートの下、基本建屋と加 速器がそれぞれ PhoSIC と QST によって建設、設置 された施設である。運営についてもこの関係に従っ ているが、各機関を束ねて円滑に管理・運営を行う ために QST 組織の中に総括事務局が設置されている。 JASRI はこれら組織と連携して、共用ビームライン の課題選定と利用者支援を行う役目を担っている。 98 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.1 JUNE 2025 SPring-8/SACLA/NanoTerasu COMMUNICATIONS 3.ナノテラス事業推進室 JASRI においては上記の登録機関認定に先立ち、 タスクフォースとして共用制度や利用者支援体制、 管理体制等の準備のため JASRI 企画室(当時)が中 心となって、研究支援部、利用推進部、及び安全管 理室が共同して議論が重ねられた。そして認定後の 2024 年 4 月 1 日より、利用課題選定と利用者支援を 主業務とする「ナノテラス事業推進室」が立ち上が り、室員は兵庫県播磨地域を離れ、当地の宮城県仙 台市での業務活動が開始された。 (以降、本稿では JASRI である勤務地の「仙台」 、 「播磨」といった記 述での表現、主に施設自体或いはこれに関わる記述 については「 NanoTerasu 」 、 JASRI ナノテラス事業 推進室に関しては「ナノテラス」表記とする。 ) ナノテラス事業推進室の室長には筆者が、研究業 務課の課長には坂本つぐみが、そして利用研究推進 グループのグループリーダーには本間徹生が就任し、 同グループには保井晃と菅大暉が参加して、たった 5 名からの第一陣出発となった。 2024 年度後半から は順次、事務系職員、研究員、技術員人事の採用と 着任があり、 QST と PhoSIC とのクロスアポイント 制度も取り入れながら室員人数の増強が着々と進め られてきた。 ナノテラス事業推進室の利用研究推進グループか らは各共用ビームラインに 2 名以上のビームライン 担当者が配置され、それぞれに技術員が確保されて いる。また、データ解析と理論計算や機器制御ソフ トウェア開発を主務とする研究員を確保しており、 測定試料等の化学物質管理や試料環境制御システム 開発を行う研究員も着任する予定となっており、従 来の放射光施設では実現できていなかった体制にて、 共用利用の包括的サポートの実現を目指したい。 4.共用ビームライン 今回の共用開始時において、 NanoTerasu の共用 ビームラインとして、軟 X 線領域での世界最高のエ ネルギー分解能を有する BL02U :軟 X 線超高分解 能共鳴非弾性散乱( Fig.2 ) [4] 、 10 μ m 以下の空間分 解能を実現する BL06U :軟 X 線ナノ光電子分光 [5] 、 偏光特性の高速切替え可能なアンジュレーターを世 界初導入した BL13U :軟 X 線ナノ吸収分光 [6] の 3 本 が稼働しており、それぞれが世界最高性能で最先端 の研究推進を担うことを目標としている。同ビーム ラインの性能や研究成果の詳細については、本情報 誌の記事として順次紹介が予定されているのでその 際はご一読いただきたい。 QST と JASRI では、そ れぞれビームラインの建設と運転に責任を持つビー ムライン責任者と利用者支援を担当するビームライ ン担当者を選任して、共用ビームラインの運営のた め協働している。 2025 年 3 月の共用開始直前まで、 QST が実施す る試験的共用の合間を縫って、ビームライン担当者 は標準試料に対するデータ取得を行いながら測定器 使用に対する習熟やビームラインの性能確認を進め、 共用利用開始に向けて必要な機器・実験環境の整備 を行なってきた。利用研究推進グループは、これら ビームライン担当者を中心とした現場での利用者支 援・管理を行うとともに、利用研究の多様化や高度 Fig. 1 NanoTerasu 全景写真( 2024 年 8 月) Fig. 2 NanoTerasu BL 02 U ( 2025 年 1 月) SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.1 (2025 年 6月号) 99 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 通信 化を目的とした調査研究および手法開発として試料 環境整備や解析・制御ソフトウェアを含むシステム の開発・導入に挑戦している。 2024 年 9 月の研究課題申請の開始に先立って、共 用利用への関心と理解を深めるための説明を目的 として、計 4 回の利用説明会が、地域性を考慮した 各地域(東京、京都、福岡、仙台)で実施された。 NanoTerasu の全般的説明の他、 JASRI 利用推進部 から共用利用制度が説明された他、 PhoSIC からは コアリション利用研究成果が、 QST のビームライ ン責任者からは共用ビームライン整備・進捗状況の 報告が、 JASRI のビームライン担当者からは標準試 料測定を通じて得られた測定器評価等の報告が行わ れた。 5.いよいよ共用利用の開始 JASRI 播磨の利用推進部が主体となり基幹システ ム DX 推進室(当時)のサポートを受け、ナノテラ ス事業推進室と QST 総括事務局が連携・協力して、 共用利用制度に関わる利用選定手続きと支援・管理 体制の構築が進められた。利用及び管理制度につい ては「ユーザーガイド」に集約され、ユーザーズオ フィスの立上げに多くの時間を充当した。また、研 究課題申請に関わるホームページが整備され、従 来の SPring-8/SACLA と同じ WEB ページ画面から ○ NanoTerasu を選択することで、 SPring-8/SACLA と共通のユーザー番号から研究課題申請を行うこと が出来るようになった。実際には施設の安全管理区 分等の背景から、安全審査や技術審査方法、利用前 の来所手続き等の差異が発生する。例えば入館手続 きについては NanoTerasu 独自のルールが設定され ており、実験ホール自体が非放射線管理区域化され ているため、現在の軟 X 線共用ビームラインではメ インビームシャッター( MBS )の開閉を行わない 実験者については、放射線業務従事者として登録・ 管理される必要がなくなっており、利用者にとって 大幅な負担低減が実現されている。 SPring-8/SACLA に対して独立した NanoTerasu 選 定委員会と利用研究課題審査委員会( PRC )の体制 整備と編成が進められ、 2 回の選定委員会を経て同 年 9 月 26 日から 2025A 期に対する利用研究課題募 集が開始された。同年 11 月 6 日の応募締切り後、レ フェリーによる科学的妥当性評価と同時に安全審査 と技術審査が行われ、 PRC での審査を経て選定委員 会の場で各課題の採否が決定された。 2025A 期につ いては最初の課題募集にも関わらず総ビームタイム 時間を超えた研究課題申請があり、採択されたのは 3 本の共用ビームラインに対して計 38 課題となった。 2025A 期の共用開始すなわち NanoTerasu の共用 利用開始は 2025 年 3 月 3 日であった。当日はプレス 発表の場で JASRI 雨宮慶幸理事長からの挨拶と共 用制度の説明、 QST 高橋正光 NanoTerasu センター 長、川上伸昭総括事務局長による質疑応答が行わ れた。共用ビームラインに関する取材においては、 BL02U のファーストユーザーである東北大鈴木博 人助教、 BL06U の同じく東北大湯川龍准教授に囲 み取材等にご対応いただいた( Fig.3 ) 。 現在、共用利用の形態は一般課題のみに限定され ている。 SPring-8 で行われているような成果専有課 題(時期指定課題、測定代行)や大学院生提案型課 題等の特色ある利用制度については、今後検討が重 ねられ適宜整備されていく予定である。 6.今後について NanoTerasu は総計 28 本のビームラインが設置可 能であるが、現在共用利用の 3 本とコアリション利 用の 7 本を加えて 10 本しか整備されていない状況 にある。今後、共用ビームラインはいくつかの段階 を経て充足されて行くことが計画されている。次の 段階として 2027 年度までの共用開始を目指してさ らに 1 本の共用ビームラインの増設が承認され、現 Fig. 3 共用利用開始記者発表( 2025 年 3 月 3 日) 100 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.1 JUNE 2025 SPring-8/SACLA/NanoTerasu COMMUNICATIONS 在その建設準備作業が進行している。新ビームライ ンではマルチポールウィグラー光源が採用され、テ ンダー X 線領域での共鳴 X 線回折をメインとする ビームラインが検討されており、高エネルギー側の 到達範囲を 20 keV 程度まで拡張したタンデム利用 による汎用的な X 線回折・ X 線小角散乱ステーショ ンとの併用が計画されている。 また 2026 年度からは、コアリションビームライ ンの一部共用供出が計画されている。ナノテラス事 業推進室はこれにも関与する予定であるが、コアリ ション利用と共用利用では運営システム・理念が異 なるため、その共用制度確立に新たな工夫が求めら れている。また、コアリションビームラインは本数 や種類も多く、運営や利用者支援に関してこれま で以上に PhoSIC 、総括事務局、及び JASRI 内での 部・室間の機構・組織を跨いだ連携がなお一層求め られている。一方、ビームラインの装置・検出器・ 試料環境制御系やそれらを利用する分野については、 SPring-8 との共通性が高いと考えられ、 JASRI 内で の播磨と仙台にまたがる研究資源(研究員、測定・ 制御装置、その他)の相互活用が期待されている。 2025 年 3 月 1 日より NanoTerasu と SPring-8/SACLA それぞれのユーザー団体が統合し、新しく特定放 射 光 施 設 ユ ー ザ ー 協 同 体( SpRUC ) が 発 足 し た。 NanoTerasu の 本 格 運 用 が 開 始 さ れ た こ と を 受 け、 2025 年度は特定放射光施設シンポジウムの開催が 予定されている。また、 2026 年放射光学会年会は、 東北大や東大物性研も参加して仙台で開催される 予定である。 NanoTerasu の運用開始をきっかけに、 その他多くの学会等も仙台での開催が計画されてい ると聞く。これらについても、利用者拡大と成果最 大化に向けてナノテラス事業推進室が積極的に関 与・貢献していく予定である。 7.おわりに ナノテラス事業推進室は、東北大学青葉地区に置 かれた NanoTerasu 基本建屋に近接する国際放射光 イノベーション・スマート研究センター棟(通称 SRIS 棟)の 208 室と 209 室に居室を構える。室員人 数は着々と増加し、設置 2 年目を迎えた 2025 年 4 月 現在では総勢 16 名(室長+研究業務課 3 名+研究 グループ 12 名)を数える推進室となった( Fig.4 ) 。 今後の共用利用拡大に対応するため、人員補強を含 めた業務機能の増強が求められており、関係各機関 との連携・協力をいただきながら今後とも発展して 行きたい。 JASRI はこれまで SPring-8 、 SACLA の共用利用 について豊富な実績と専門性を有しており、本格的 な運用が始まった NanoTerasu が世界最先端の放射 光施設として、日本だけではなく、世界の放射光コ ミュニティーの中でインパクトのある研究成果を創 出できるよう、組織的に一体となり全力で取り組み たいと考えている。 参考文献 [ 1 ] https://nanoterasu.jp [ 2 ] N. Nishimori: Proc. IPAC ’ 22, Bangkok, Thailand , Jun. (2022) 2402-2406. doi:10.18429/JACoW- IPAC2022-THIXSP1 [ 3 ] https://www.phosic.or.jp [ 4 ] J. Miyawaki et al .: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 012030. doi:10.1088/1742- 6596/2380/1/012030 、 現状を記す情報については、 https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742- 6596/2380/1/012030 [ 5 ] K. Horiba, et al .: Journal of Physics: Conference Series . 2380 (2022) 012034 ~、 https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742- 6596/2380/1/012034 Fig. 4 ナノテラス事業推進室職員( 2025 年 4 月 3 日) SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.1 (2025 年 6月号) 101 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 通信 [ 6 ] Yoshiyuki Ohtsubo, et al .: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 1. 012037-012037 、 https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742- 6596/2380/1/012037 大石 泰生 OHISHI Yasuo (公財)高輝度光科学研究センター ナノテラス事業推進室 〒 980 - 8572 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 468 - 1 - 208 TEL : 050 - 3502 - 5840 e-mail : ohishi@jasri.jp 102 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.1 JUNE 2025 SPring-8/SACLA/NanoTerasu COMMUNICATIONS