利用系グループ活動報告
JASRI 回折・散乱推進室 回折構造生物チーム
Activity Reports-Diffraction Stractural Biology Team, Diffraction and Scattering Division, JASRI
執筆者情報
所属機関 Affiliation
(公財)高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 回折構造生物チーム
Diffraction and Scattering Division, Japan Synchrotron Radiation Research Institute
抄録/Abstract
回折・散乱推進室 回折構造生物チームは、共用の生体高分子結晶解析ビームラインBL41XUの高性能化・利用支援と、理研ビームラインBL26B1の共用枠の利用支援を行っている。同じく生体高分子結晶解析ビームラインであるBL45XUが自動測定に特化しているのに対し、BL41XUでは、自動測定を含む通常のデータ測定に加え、遠隔実験、室温での測定や顕微分光と組み合わせた回折実験など、自動では難しい実験を行うことができる。ビームラインの高性能化として、室温構造解析と時分割構造解析を中心に、タンパク質の構造ダイナミクスに関わる回折データ測定のための技術開発を進めている。時分割構造解析では、SACLAと相補的に利用できる環境の構築が重要であり、SACLAと連携して整備を進めている。
本文
(公財)高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 回折構造生物チーム 長 谷 川 和 也、 馬 場 清 喜 Abstract 回折・散乱推進室 回折構造生物チームは、共用の生体高分子結晶解析ビームライン BL41XU の高性能化・ 利用支援と、理研ビームライン BL26B1 の共用枠の利用支援を行っている。同じく生体高分子結晶解析ビーム ラインである BL45XU が自動測定に特化しているのに対し、 BL41XU では、自動測定を含む通常のデータ測 定に加え、遠隔実験、室温での測定や顕微分光と組み合わせた回折実験など、自動では難しい実験を行うこと ができる。ビームラインの高性能化として、室温構造解析と時分割構造解析を中心に、タンパク質の構造ダイ ナミクスに関わる回折データ測定のための技術開発を進めている。時分割構造解析では、 SACLA と相補的に 利用できる環境の構築が重要であり、 SACLA と連携して整備を進めている。 1.はじめに 回折・散乱推進室 回折構造生物チームは、共用 ビームライン BL41XU の利用支援と理研ビームラ イン BL26B1 の共用枠の利用支援を行っている。ま た、高性能化においては、近年多岐にわたる生体高 分子の構造研究のニーズの中で、室温構造解析と時 分割構造解析の 2 つに対して重点的に測定技術の開 発を進めている。本稿では、これらのビームライン の運用と高性能化について紹介する。 2.ビームラインの運用・利用支援 BL41XU には実験ハッチが 2 つあり、下流側にあ る実験ハッチ 2 は波長 0.7 ~ 1.9 Åの X 線を用いた回 折実験(通常モード)に、また上流の実験ハッチ 1 は波長 0.35 ~ 0.6 Åの X 線を用いた回折実験(高エ ネルギーモード)に利用されている。通常モードで は最小 5 μm のマイクロビームが利用でき、数 μm の 微小結晶からの回折データ測定も可能である。自動 測定・遠隔実験を含む凍結結晶を用いた通常のデー タ測定に加え、室温での測定や紫外可視顕微分光法 と組み合わせた回折実験など、自動では難しい回折 実験を行うことができる( 図 1 ) 。高エネルギーモー ドでは、この領域に吸収端をもつ元素の位置の決定 や、分解能 0.8 Åを超えるような超高分解能での構 造解析 [1][2] などに利用されている。このような高エ ネルギー X 線を用いた回折実験ができる生体高分子 結晶解析ビームライン( MX ビームライン)は国内 では BL41XU だけであり、世界的にも珍しい。 BL26B1 では、偏向電磁石 BL の自由度を活かし、 室温測定や汎用的な高分解能測定などに対応してい る。活性部位の化学状態を同定するための紫外可視 顕微分光法と組み合わせた回折実験も可能である。 また、我々の技術開発にも利用されており、後段で 紹介する紫外可視顕微分光装置やプレート回折装置 [3] はここで開発され、 BL41XU に導入された。 これらビームラインの性能諸元は次のサイトを参 照されたい。 http://stbio.spring8.or.jp/ja/blinfo/SPring8_PX_ beamlines.pdf 図 1 BL 41 XU 実験ハッチ 2 の回折計 利用系グループ活動報告 JASRI 回折・散乱推進室 回折構造生物チーム 144 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.2 SEPTEMBER 2025 BEAMLINES・ACCELERATORS 3.ビームラインの高性能化 放射光ビームラインにおけるタンパク質結晶の回 折データ測定は、多くの場合、 X 線照射損傷を低減 するために結晶を 100 K の極低温に冷やし、凍結状 態で行う [4] 。しかしながら、タンパク質によっては 凍結状態と非凍結状態で活性部位の構造が異なると いう報告もされており [5] 、ここ十年来、室温での構 造解析が注目されている。また、結晶構造解析で得 られる構造は、タンパク質の働く過程で存在する状 態のうちの一つを捉えたものであることが多い。実 際には生体中ではタンパク質は大きく構造変化して おり、その変化(構造ダイナミクス)が機能発現に 重要である。そこで、このような構造ダイナミクス に関わる構造解析を行う環境を BL41XU に構築す るため、室温構造解析と時分割構造解析を中心に高 性能化を進めている。 ( 1 )室温構造解析 室温での測定では、環境変化に敏感な非凍結状態 の結晶を、データ測定中にいかに品質を保持するか が重要になる。そのための手法として、 Humid Air and Glue-coating method ( HAG 法)の開発を進めて きた [6] 。この手法は、ポリビニルアルコール ( PVA ) などの水溶性ポリマー溶液で包埋した結晶に調湿気 流を吹き付けることで非凍結状態で回折実験を行う 我々独自の手法である。この手法を用いた癌関連 タンパク質 H-Ras の室温構造解析では、閉じた状態 の H-Ras の結晶の湿度を変えたところ開いた構造が 捉えられている [7] 。また、気流の湿度を保ちながら 温度を変えることも可能であり、様々な温度で回折 データを測定することができる [8] ( 図 2 ) 。このよう な手法は Multi-temperature crystallography と呼ばれ、 温度変化に伴う平衡状態の遷移で現れる新たな構造 を捉えることが可能である [9][10] 。現在、さらに別の 物理パラメータを変えながら回折実験を行う技術開 発も進めており、ユニークな技術として新規ユー ザーを取り込むことが期待される。 室温測定のもう一つの手法として、プレート回折 法の高性能化も進めている。プレート回折法は、タ ンパク質の結晶を析出させた結晶化プレートに入っ たまま X 線を照射し、回折データを測定する手法 である [3] 。室温での構造解析という目的に加えて、 ループで掬うという結晶ハンドリングがない利点を 生かした回折実験の効率化・自動化のために開発を 進めてきた。 2025A 期に BL41XU へのプレート回 折計の実装が完了し、現在、相関構造生物チームと 連携して本手法の自動化を進めている。 ( 2 )シリアル結晶解析法による時分割構造解析 シ リ ア ル 結 晶 解 析 法 は、 X 線 上 に 逐 次 搬 送 さ れ る 微 小 結 晶 に X 線 を 照 射 し て 回 折 デ ー タ を 取 得する方法であり、 SACLA などの XFEL 施設で 開 発 さ れ た。 そ の 成 功 を 受 け て、 放 射 光 の MX ビ ー ム ラ イ ン で も 行 わ れ る よ う に な り、 S e r i a l Synchrotron Crystallography ( SSX ) と 呼 ば れ て い る [11] 。 BL41XU で も Serial Synchrotron Rotation Crystallography ( SSROX ) や、それを HAG 法と組 み合わせた HAG-SSROX など、微小結晶解析法の 改良を進めてきた [12][13] 。ここで培った測定技術を 発展させる形で、 2 種類のシリアル結晶解析法によ る時分割構造解析環境の構築を進めている。 一 つ は X F E L 施 設 の S e r i a l F e m t o s e c o n d Crystallography ( SFX ) で使われているインジェク ターを用いる方法である。インジェクターから射出 される微小結晶に X 線を照射して回折データを測 定する手法であり、反応を開始する励起レーザーと 組み合わせることで時分割測定を行う。放射光で は露光時間がミリ秒オーダーになることから Serial Millisecond Crystallography ( SMX ) と も 呼 ば れ、 海外では SFX と組み合わせた構造解析も行われて いる [14] 。我々も SACLA の SFX 実験で実績のある 高粘度媒体インジェクター [15] を BL41XU に導入し、 図 2 HAG 法を用いた室温での回折実験 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 145 ビームライン・加速器 東北大学の南後教授のグループと連携して立ち上げ を進めている。既に励起レーザーの整備やタイミン グ制御系の構築は終わり、光受容タンパク質の時分 割測定を進めており、構造変化を捉えつつある。 もう一つは固定ターゲット法である。この方法で は、テーパー状の穴が数万個あいたシリコン製のサ ンプルチップに結晶をトラップし、あらかじめ計算 した穴の位置を高速で X 線光軸上に逐次移動しなが ら回折データを取得する [16] 。サンプルチップへの 微小結晶の搭載手順の確立や、高速で移動しながら 結晶に X 線を照射するための制御系の準備が完了し、 静的な実験ではあるものの試験的なユーザー利用を 開始した ( 図 3 ) 。反応のトリガーとして、タンパク 質と反応する化合物(基質)を結晶に添加する方法 の開発を進めており、これまでにサンプルチップの 動きに同期してインクジェットで基質の液滴を添加 しながら回折データ測定を行う技術を確立している。 2025B 期に標準試料の結晶に基質を添加する実験を 行う予定である。 リックで、レーザー照射、結晶の凍結、サンプルカ セット( UniPuck )への試料の収納までを行うシス テムを構築している。こうして準備した凍結結晶試 料は、自動測定で回折実験を行うことができる。 また、この試料準備室には紫外可視顕微分光装置 を整備し、結晶中のタンパク質の状態を分光学的に 決定できるようにしている。これを使うことで、反 応開始後の構造変化のタイムスケールの見積もりや、 外場変化で生じる状態の決定を分光学的に行うこと ができる。なお、この顕微分光装置は非常にコンパ クトに設計されており、 BL41XU の回折計にも設置 でき、回折実験を行いながら結晶中のタンパク質の 状態を確認することにも使える。 4.今後の展開 SPring-8-II へ の ア ッ プ グ レ ー ド が 近 づ く 中 で、 BL41XU ではピンクビームを用いるためのビームラ インの改造を提案している。これが実現すると、サ ブミリ秒の時間分解能の時分割構造解析も行える ようになり SACLA と相補的に利用する環境が整う。 それに向けてこれまで以上に SACLA との連携を強 めて高性能化を進めてゆきたい。 構造生物研究を取り巻く環境は、クライオ電子顕 微鏡 ( CryoTEM ) による構造解析の普及や高精度構 造予測プログラムの出現により 10 年前と様変わり している。 SPring-8 キャンパスにも CryoTEM が導 入され、結晶化の難しい膜タンパク質や超分子複合 体など、いわゆる高難度試料の構造解析に利用され ている。このような中で、良質な結晶が得られれば 高い分解能で迅速に構造を決めることができること や、室温でも構造解析ができるという放射光 X 線結 晶解析法の利点を生かした整備が MX ビームライン には求められている。 CryoTEM や自動化に特化し た BL45XU を担当する相関構造生物チームと連携し、 今後も SPring-8 キャンパスの構造生物学研究に貢献 していきたい。 謝辞 BL41XU への SACLA 高粘度媒体インジェクター やレーザーなどの導入にあたっては東北大学の南後 恵理子博士、 JASRI の登野健介博士、大和田成起博 図 3 固定ターゲット法による回折実験 ( 3 )測定試料準備室の整備 ここまで、室温構造解析・時分割構造解析に向け た高性能化について述べてきたが、従来の凍結法に よる構造解析も構造ダイナミクス研究において有効 である。外場からの摂動もしくは反応開始のトリ ガーを与えた後、一定のディレイ時間後に結晶を凍 結することで変化を起こしたタンパク質の構造を固 定することができる。そのために、 BL41XU のハッ チの後方にプレハブ試料準備室を整備し、ワンク 146 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.2 SEPTEMBER 2025 BEAMLINES・ACCELERATORS 士、理化学研究所の鈴木則広氏にご協力いただき ました。固定ターゲット法の立ち上げにあたって は Diamond Light Source の Robin Owen 博士と Sofia Jaho 博士に大変お世話になりました。心より感謝 申し上げます。 参考文献 [1] K. Takaba et al .: IUCrJ 6 (2019) 387-400. [2] Y. Fukuda et al .: Biochemistry 63 (2024) 339- 347. [3] H. Okumura et al .: Acta Cryst. F 78 (2022) 241- 251. [4] J. W. Pflugrath: Acta Cryst. F 71 (2015) 622-642. [5] J. S. Fraser et al .: Nature 462 (2009) 669-673. [6] S. Baba et al .: Acta Cryst. D 69 (2013) 1839- 1849. [7] S. Matsumoto et al .: Sci. Rep. 6 (2016) 25931. [8] S. Baba et al .: J. Appl. Crystallogr. 52 (2019) 699-705. [9] M. C. Thompson: Methods Enzymol. 688 (2023) 255-305. [10] T. Murakawa et al .: Proc. Natl Acad. Sci. USA 116 (2019) 135-140. [11] C. Gati et al .: IUCrJ 1 (2014) 87-94. [12] K. Hasegawa et al .: J. Synchrotron Radiat . 24 (2017) 29-41. [13] K. Hasegawa et al .: Acta Cryst. D 77 (2021) 300- 312. [14] T. Weinert et al .: Science 365 (2019) 61-65. [15] Y. Shimazu et al .: J. Appl. Crystallogr. 52 (2019) 1280-1288. [16] A. Ebrahim et al .: Acta Cryst. D 75 (2019) 151- 159. 長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya (公財)高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 回折構造生物チーム 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0833 e-mail : kazuya@spring 8 .or.jp 馬場 清喜 BABA Seiki (公財)高輝度光科学研究センター 回折・散乱推進室 回折構造生物チーム 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0833 e-mail : baba@spring 8 .or.jp SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 147 ビームライン・加速器