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2022A期 採択大学院生提案型課題(長期型)の事後評価について
Post-Project Review of Long-term Proposals Starting in 2022A

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(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部
User Administration Division, JASRI

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登録施設利用促進機関 公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 大学院生提案型課題(長期型)の事後評価について 大学院生提案型課題(長期型)は、放射光科学を 支え、更に発展させる人材の育成に資することを目 的として、 2022A 期から運用しています。厳正な審 査を経て採択された大学院生は、博士後期課程の期 間と連動するかたちで複数年の安定かつ計画的な ビームタイムを確保することができます。 大学院生提案型課題(長期型)は、実施期間終了 後に利用研究課題の実施結果に対して大学院生利用 審査委員会による事後評価を行うこととされており、 事後評価に合わせて、大学院生をエンカレッジする ことを目的として、優れた成果 / 取り組みと行った と認められた大学院生に対して「 SPring-8 大学院生 課題優秀研究賞」を授与することとしています。 今回は、第 12 回大学院生利用審査委員会( 2025 年 2 月 28 日開催)において、 2024B 期に実施期間が 終了した 2022A 期に採択された大学院生提案型課 題(長期型)のうち 2 課題と、 2023B 期に採択され た大学院生提案型課題(長期型)のうち 1 課題につ いて、事後評価が行われました。 事後評価は、実験責任者である大学院生が研究課 題の実施結果の発表を行った後、質疑応答を行う形 で実施されました。事後評価の着眼点は、 「独創的、 挑戦的、意欲的な研究成果であること」 、 「実験責任 者として、研究立案、遂行を主体的に行ったこと」 、 「優れた成果 / 取り組みと認められること」とされ ています。質疑応答においては、育成の観点も含め た様々な視点で質問がなされるなど、大学院生利用 審査委員会が大学院生に求める水準が非常に高いと 感じられる場面もありましたが、総じて独創的で挑 戦的な課題を遂行し、優れた博士論文が創出された と評価されました。また、この評価結果を受け、各 課題の実験責任者である原武史氏、森悠一郎氏、夏 井文凜氏の 3 名には、公益財団法人高輝度光科学研 究センターより 「 SPring-8 大学院生課題優秀研究賞」 が授与されました。 以下に各課題の評価結果を示します。研究内容に ついては本誌の「最近の研究から」に実験責任者に よる紹介記事を掲載しています。 [評価結果] コア差フーリエ合成法は、実験的に価電子密度分 布を可視化する手法として注目されている。本研究 課題では、強相関分子性導体の物性を価電子密度分 布の解析によって明らかにすることを目指し、この 手法を発展させる試みとして放射光結晶回折実験の 高精度測定ならびに量子化学計算を導入した電子密 度分布解析の高度化が実施された。 申請時の評価では、コア差フーリエ合成法は概ね 完成しており、技術的な挑戦でなく単なる適用に終 わるのでは、という審査員の懸念があった。しかし、 課題実施初期に適用試料の測定データ取得において 技術的な困難に直面した。具体的には、原子の熱振 動による分解能低下やピクセルアレイ検出器による 回折強度測定精度の問題である。これらの問題を、 低温測定環境整備による振動の抑制や、数え落とし の問題を回避するための測定法およびデータ解析法 の導入によって克服した。その結果、軽元素のみか らなる有機低分子である glycine および cytidine の結 晶構造において、価電子密度の可視化に成功した。 特筆すべき点として、この解析でノードの検出が 課題名 強相関分子性導体の物性 解明を目指した価電子密 度解析手法の確立 実験責任者(所属) 原武史(名古屋大学) 採択時課題番号 2022A0304 ビームライン BL02B1 利用時間 / 配分総シフト 2022A ~ 2024B/72 シフト SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 157 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 通信 可能となるほどの精密な密度分布を明らかにしたこ とが挙げられる。この結果は、量子化学計算と直接 比較が可能となるレベルの実験結果が取得できたこ とといえ、高く評価できる。一方、手法の高度化に 時間を要したため、当初の計画の到達点は変更せざ るを得ず、課題名にある強相関分子性導体等の機能 性分子材料結晶に関する解析の詳細は述べられてい ない。しかし、機能性分子材料結晶の解析にも着手 しており、将来の展開が期待できる。 以上の点から、本課題の実験責任者である原氏に は研究者としての資質が強く感じられ、放射光科学、 物性科学における今後のさらなる活躍が期待される。 また、定期的に SPring-8 の利用機会を確保できる長 期課題の利点を有効に活用した成果と言える。 [成果リスト] (査読付き論文) [ 1 ] SPring-8 publication ID = 48734 原武史 : “ Research on Molecular Crystals by Precise Valence Electron DensityAnalysis Using Synchrotron X-ray Diffraction ” 名古屋大学博士論文 [ 2 ] SPring-8 publication ID = 47317 T. Hara et al .: “ Pseudo-one-dimensional Ribbon Chain Cluster Realized under High Pressure in 1 [itlc] T [/itlc] - VSe[sbsc]2[/sbsc] ” Physical Review B 110 No2 . (2024) L020103 [3] SPring-8 publication ID = 47995 T. Hara et al .: “ Diffuse Scattering and Low- Temperature Crystal Structure of τ -Type Molecular Conductor ” Journal of the Physical Society of Japan 94 No2 . (2025) 024602 [4] SPring-8 publication ID = 48411 T. Hara et al .: “ Unveiling the Nature of Chemical Bonds in Real Space ” Journal of the American Chemical Society 146 No34 . (2024) 23825-23830 [5] SPring-8 publication ID = 45510 N. Katayama and T. Hara et al .: “ Observation of Local Atomic Displacements Intrinsic to the Double Zigzag Chain Structure of 1[itlc]T[/itlc] - [itlc] M [/itlc] Te[ sbsc] 2 [/sbsc] ([itlc]M[/itlc] = V, Nb, Ta) ” Physical Review B 107 No24 . (2023) 245113 [評価結果] 当初の目的は、地球に多量に存在する元素である 水素、ケイ素が地球核の主成分である鉄に入った際 の密度変化を調べる事で、地球形成過程などに繋が る情報を得ようとする課題であった。実施段階で試 料側の相共存による困難のため三元の相関係を探索 する方向は早期にあきらめ、もう一つの主題であっ た水素による体積膨張係数の決定に集中して課題を 実施した。水素の固溶による鉄の格子定数の増大は、 少量のケイ素を固溶させた際に顕著になり、地球核 中の水素濃度に関する従来の見積りに対して見直し を迫るような知見を与えたことは評価に値する。 地球惑星科学の観点では重要な成果を挙げたと評 価できるが、鉄の水素誘起体積膨張に関する温度・ 圧力・磁歪・組成効果の研究においては、物性物理 学的な観点からの議論が求められる。体積変化の背 景にある物理的な起源についての検討が、水素化・ 磁歪両方において不十分であった点はやや残念で あった。 今後、更に物理的な検討を進め、一層の成果を期 待したい。 [成果リスト] (査読付き論文) [1] SPring-8 publication ID = 48739 森悠一郎 : “ Effects of Hydrogen on Elastic Properties of the Deep Earth ’ s Materials ” 東京大学博士論文 [2] SPring-8 publication ID = 46868 課題名 地球核の組成解明を目指 した Fe-H-Si 三成分系の 相図の推定並びに水素誘 起体積膨張係数の決定 実験責任者(所属) 森悠一郎(東京大学) 採択時課題番号 2022A0314 ビームライン BL04B1 利用時間 / 配分総シフト 2022A ~ 2024B/54 シフト 158 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.2 SEPTEMBER 2025 SPring-8/SACLA/NanoTerasu COMMUNICATIONS Y. Mori et al .: “ Hydrogenation of Silicon-bearing Hexagonal Close-packed Iron and its Implications for Density Deficits in the Inner Core ” Earth and Planetary Science Letters 634 (2024) 118673 [3] SPring-8 publication ID = 48067 Y. Mori et al .: “ Unusual Thermal Expansion and Curie Temperature Variation in dhcp-iron Hydride under High Pressure ” arXiv (2025) 2501.08937 [評価結果] 本課題は、地球下部マントルの大規模 S 波低速度 領域( LLSVP )の構成候補鉱物について、高圧下 での変形による結晶方位選択配向の発達と地震波 異方性との関連、ならびに鉄のスピン転移が変形 特性へ与える影響の解明を目的として実施された。 SPring-8 においては、回転式ダイヤモンドアンビル セル( rDAC )を用いてフェロペリクレース [(Mg, Fe)O] およびブリッジマナイト [(Mg, Fe, Al)SiO 3 ] の X線回折測定が行われた。 rDAC により地球の最下 部マントルの高温高圧環境を再現するとともに試料 に剪断応力を印加し、変形中の鉱物のその場観察に 成功している。課題申請の段階では技術的課題と なっていた高温での測定も実現しており、課題を解 決しながら計画された実験を着実に行った点が特に 高く評価された。実験結果は、下部マントルで支配 的な結晶面すべり系について貴重な知見を与えるも ので、地球科学研究において重要な成果である。 一連の実験で貴重なデータが得られているので、 解析と結果の解釈についても、さらなる検討と発展 を期待したい。複雑な応力環境の影響も考慮して結 果を整理することで、得られた実験結果と LLSVP との関連について考察がさらに進むと思われる。ま た、そういった考察の結果、より適切な実験条件の 探索や装置の改善点など、今後の研究を発展させる ための課題が明確になると思われる。 上記のように今後に向けた課題は残っているもの の、申請者は rDAC を用いた独創的で挑戦的な研究 を主体的に行い、地球科学的に重要なデータを得る ことに成功した。したがって、研究目的は達成され、 十分な研究成果があったと評価された。 [成果リスト] (査読付き論文) [1] SPring-8 publication ID = 48746 夏井文凜 : “ Large-strain deformation experiments on the Earth ’ s lower mantle minerals in situ at high pressure–temperature conditions: Towards understanding the origin of seismic anisotropy in Large Low Shear Velocity Provinces ” 東京科学大学博士論文 [2] SPring-8 publication ID = 48688 B. Natsui et al .: “ Crystallographic Preferred Orientation of (Mg,Fe) O up to 125 GPa Inferred from Torsional Deformation Experiments using a Rotational Diamond Anvil Cell ” Physics of the Earth and Planetary Interiors 366 (2025) 107392 課題名 大規模 S 波低速度領域の 結晶方位選択配向発達の 理解へ向けた LLSVP 構 成候補鉱物の下部マント ル圧力条件での高温高圧 大歪変形実験 実験責任者(所属) 夏井文凜 (東京科学大学) 採択時課題番号 2023B0312 ビームライン BL10XU/BL47XU 利用時間 / 配分総シフト 2023B ~ 2024B/36 シフト 写真 1 右から、 JASRI 雨宮慶幸 理事長、原武史 氏、 JASRI 中村唯我 研究員 ( BL 02 B 1 担当) 、久保田 康成 利用推進部長、 JASRI 井上哲也 常務理事。 なお、都合により、森 氏、夏井 氏については 直接授与することが叶わず、賞状とクリスタル を送付しています。 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 159 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 通信