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大学院生提案型課題(長期型)報告
大規模S波低速度領域での地震波異方性の成因の理解に向けたフェロペリクレースの高温高圧大歪変形実験
Large-strain deformation experiments on the ferropericlase in situ at high pressure–temperature conditions: Towards understanding the origin of seismic anisotropy in Large Low Shear Velocity Provinces

執筆者情報

執筆者 Author

夏井 文凜 NATSUI Bunrin、東 真太郎 AZUMA Shintaro、太田 健二 OHTA Kenji

所属機関 Affiliation

東京科学大学 理学院 地球惑星科学系
School of Science, Department of Earth and Planetary Sciences, Institute of Science Tokyo

抄録/Abstract

 地震波観測より、地球の下部マントルに広がる大規模S波低速度領域の縁部分では、地震波異方性が存在することが報告されている。この地震波異方性は、鉱物の結晶方位選択配向の発達によって生じている可能性がある。本研究では、回転式ダイヤモンドアンビルセルを用いて、下部マントル圧力条件下で高圧大歪変形実験を行い、変形に伴うフェロペリクレースの結晶方位選択配向の発達を調査し、大規模S波低速度領域における地震波異方性との関係を明らかにすることを目的とした。実験の結果、フェロペリクレースにおいては、Fe の含有量の違いやスピン転移の有無に関わらず、ペリクレースと同様に高圧力下でせん断方向と平行に{100}面が配向することが明らかになった。 ただし、ペリクレースと比較すると、より低い温度圧力条件で{100}面の配向が生じることが確認された。このフェロペリクレースの結果を、最下部マントルに横たわるスラブの状況に当てはめて考えた際には、S波速度が鉛直方向よりも水平方向で大きいという地震波異方性の観測結果と整合的であることが示された。

本文

東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 夏 井 文 凜、 東 真 太 郎、 太 田 健 二 大学院生提案型課題(長期型)報告 大規模 S 波低速度領域での地震波異方性の成因の理解に向けた フェロペリクレースの高温高圧大歪変形実験 Abstract 地震波観測より、地球の下部マントルに広がる大規模 S 波低速度領域の縁部分では、地震波異方性が存在す ることが報告されている。この地震波異方性は、鉱物の結晶方位選択配向の発達によって生じている可能性 がある。本研究では、回転式ダイヤモンドアンビルセルを用いて、下部マントル圧力条件下で高圧大歪変形 実験を行い、変形に伴うフェロペリクレースの結晶方位選択配向の発達を調査し、大規模 S 波低速度領域に おける地震波異方性との関係を明らかにすることを目的とした。実験の結果、フェロペリクレースにおいて は、 Fe の含有量の違いやスピン転移の有無に関わらず、ペリクレースと同様に高圧力下でせん断方向と平行 に { 100 } 面が配向することが明らかになった。 ただし、ペリクレースと比較すると、より低い温度圧力条件 で { 100 } 面の配向が生じることが確認された。このフェロペリクレースの結果を、最下部マントルに横たわ るスラブの状況に当てはめて考えた際には、 S 波速度が鉛直方向よりも水平方向で大きいという地震波異方性 の観測結果と整合的であることが示された。 1.はじめに 地震波観測より、アフリカおよび南太平洋の地下 には、下部マントル中部から最下部マントルにかけ て広がる S 波速度が遅い領域の存在が確認されてい る。この領域は大規模 S 波低速度領域( LLSVPs : Large Low Shear Velocity Provinces )と呼ばれ、そ の縁部分では地震波速度が地震波の進む方向によっ て異なる地震波異方性が報告されている。これは、 鉱物の結晶軸が一定の方向に配列する結晶格子選択 配向( CPO : Crystallographic Preferred Orientation ) に由来すると考えられている。 CPO の発達は、主 に鉱物の塑性変形によって生じることから、沈み込 んだスラブの核マントル境界での衝突や LLSVPs 内 部の物質上昇に伴うせん断変形により CPO が発達 し、 LLSVPs 縁部分で観測される地震波異方性と関 連していると議論されている。 一方で LLSVPs が熱的な特徴によるものか、組成 的な特徴によるものか、あるいはその両方に由来す るのかは未だ不明であり、岩石・鉱物学的なことは、 ほとんど制約できていない。 LLSVPs が組成的特徴 に由来すると仮定した場合、マントル対流による撹 拌に耐えてマントルの底に留まり続けるためには、 周辺のマントルと比べて約 10 % 高い密度を持つ組 成である必要がある。このような高密度の組成の鉱 物として Fe に富むフェロペリクレース( Mg,Fe ) O やブリッジマナイト ( Mg,Fe ) SiO 3 が挙げられている。 LLSVPs の成因を明らかにするには、これら鉱物の CPO の発達を含めた変形特性を実験的に明らかに する必要がある。しかし、下部マントルの温度圧力 条件を実験的に再現することは技術的に非常に困難 であり、これらの条件下で議論を行った先行研究は 乏しい。さらに、 Fe を含むフェロペリクレースや ブリッジマナイトは、高温高圧下において Fe のス ピン転移が生じることが報告されている。スピン転 移は Fe の原子半径を変化させるため、鉱物の物性 に大きな影響を及ぼし、すべり系や粘性率などの変 形特性を変化させる可能性がある。加えて、フェロ ペリクレースおよびブリッジマナイトは、それぞれ SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 117 最近の研究から Fe 含有量によってスピン転移が生じる温度圧力条 件が異なることが知られており、 LLSVPs の成因の 解明を困難かつ複雑にしている。 本研究では、 LLSVPs における地震波異方性の成因 の理解に向けて、その構成候補鉱物であるフェロペ リクレースに対して、回転式ダイヤモンドアンビルセ ル( rDAC : Rotational diamond anvil cell )と SPring-8 での X 線測定を組み合わせた定量的な高圧大歪変形 実験を実施した。 2.SPring-8 で実施した理由 これまで、下部マントルの圧力条件を実験的に再 現して変形実験を行うことは技術的に非常に困難で あった。そのため、下部マントル構成鉱物を下部マ ントルの温度圧力条件で定量的に変形させ、その変 形特性について議論した研究は限られており、特に 最下部マントル条件の変形実験は報告がなかった。 近年開発された rDAC はこの状況を打破し、地球内 部の全圧力条件における定量的な変形実験を可能に した。これまで、 rDAC は常温下で 135 GPa までの 定量的な変形実験を行った実績がある [1] 。また、地 球科学的議論を行ったものでは 120 GPa まで行われ た MgO の変形実験に基づき CPO の発達と地震波異 方性の関係を議論したものがある [2] 。 rDAC を用いた変形実験の試料は、厚さ 30 μ m 以 下、直径約 100 μ m の円盤状であり、中心に埋め込 んだ Pt 製の歪マーカーに至っては高さ 30 μ m 以下、 長さ 20 μ m 以下、幅約 5 μ m の板状で非常に微小で ある。そのため、この微小領域から X 線回折 ( XRD : X-Ray Diffraction ) および X 線ラミノグラフィー ( 3D イメージング)の有意なデータを得るには大強度の X 線が必要不可欠である。さらに、試料の応力測定 のため、変形実験中のその場 XRD 測定を行う必要 がある。 SPring-8 の BL47XU は rDAC にセットした 試料中の Pt 製歪マーカーの X 線ラミノグラフィー および多結晶体試料の変形実験中のその場 XRD 測 定を行った実績がある。加えて、 BL10XU は微小試 料の多角度 XRD 測定を行った実績がある。これら のビームラインの性能とデータクオリティの観点か ら、本研究の変形実験は SPring-8 でなければ達成で きなかった。 3.実験 本 研 究 で 用 い た rDAC は 静 的 高 圧 発 生 装 置 の DAC を応用した高圧ねじり変形装置である。対に なったダイヤモンド製のアンビルの間に試料を挟 み、上部のアンビルを回転させてねじりの変形を与 えることで、高圧下での大歪変形実験が可能にな る。試料には、 Fe 含有量の異なるフェロペリクレー ス( Mg,Fe ) O ( Fe=90, 40, 20 wt% )をそれぞれ用 図 1 SPring- 8 BL 47 XU での X 線測定の模式図 118 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.2 SEPTEMBER 2025 FROM LATEST RESEARCH いた。試料はタングステンまたはレニウム製の板に 円盤状の穴を開けて作成した試料室へ配置した。さ らに、試料の歪量の測定のため、集束イオンビーム ( FIB : Focused ion beam )を用いて、変形時の回転 軸に平行、ねじり方向に垂直になるように Pt を板 状に蒸着し、その後 rDAC へセットした。 高温高圧変形実験は BL47XU で実施した。実験 前後で X 線ラミノグラフィーを用いて歪マーカーの 観察を行った [3,4] ( 図 1 ) 。ラミノグラフィー取得時 の X 線のエネルギーは、 Pt の L3 吸収端よりやや高 い 12 keV を用いた。実験前後の歪マーカー形状の 変化を解析することで、試料の変形量を見積もった。 実験条件は圧力 10 ‒ 126 GPa 、温度 298 ‒ 963 K 、歪速 度一定で行った。高温条件は近赤外線集光加熱装 置(イメージ炉) [5] により達成し、ダイヤモンドア ンビルの酸化を防ぐため真空条件下(<~ 100 Pa ) で行った。変形中にその場 XRD 測定と X 線ラジオ グラフィーによる試料撮像を実施した。 XRD 測定 は 36 keV の X 線エネルギー、カメラ長約 150 mm で 行った。得られたデバイリングのリートベルト解析 を行い、変形実験前後の CPO の解析をした。 CPO が発達している場合、デバイリングの強度にむらが 見られる。これは、結晶格子が特定の方向に配向す ることで、回折ピークが集中して現れるためである。 この回折ピークの分布を解析することで、 CPO を 定量的に評価することができる。解析には Material Analysis Using Diffraction ( MAUD )を用いた。 BL47XU で取得した変形実験中の XRD は装置の 配置の制約があり、試料の回転軸から 60 ° 傾けた一 方向からの入射によって得られた。この単一方向 の XRD データを解析して、全球のポールフィギュ アを計算により補完することで CPO を求めた。し かし、理論的には全球のポールフィギュアを得る には 180 ° 範囲でのデータ取得が必要である。そこ で、 BL47XU で得た結果の妥当性を検証するため、 減圧回収後の試料について BL10XU で多角度 XRD 測定を実施した。 BL10XU での XRD 測定は X 線の エ ネ ル ギ ー は 30 keV 、 カ メ ラ 長 約 300 mm で 行 っ た。試料のねじり変形の回転軸に対して‒ 35 ~ 35 ° まで、 70 ° の範囲をカバーする多角度 XRD 測定を行 い、 MAUD を用いて CPO の決定を行った。これに より、 BL47XU の単一方向測定から得られた計算で ポールフィギュアの大部分を補完している CPO と の整合性を検証し、議論の正当性を確認した。 4.結果 歪マーカーの形状解析の結果、試料縁部での歪量 は 1.1 ‒ 8.4 、歪速度は 10 ‒ 3 ‒ 10 ‒ 4 /s の範囲で変形実験が 行われた。変形中の試料の応力は、フェロペリク レースの 200 面と 220 面の格子面間隔から計算した。 得られた応力‒歪曲線では、変形初期では、歪量の 増加に伴ってせん断応力も増加し、弾性変形が生じ ていることが確認できた( 図 2 ) 。その後、歪量が 増加してもせん断応力は一定の値を保ち、試料は変 形実験中に塑性変形による定常状態に移行したこと が確認できた。さらに、ポールフィギュアの結果か ら、変形前後で、 CPO の発達が確認できた。本研 究では、フェロペリクレースにおいて下部マントル 図 2 変形実験中の応力 歪曲線 [ 6 ] ( Mg 0 . 8 Fe 0 . 2 ) O @ 67 GPa 図 3 ( Mg , Fe ) O の剪断面に沿った結晶面、温度、圧力 の関係 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 119 最近の研究から 圧力条件で { 100 } 面がせん断方向に配列する CPO が発達することが明らかになった。ただし、 Fe の スピン転移領域をまたがっても、 CPO の傾向が変 化することはなく、スピン転移の影響はなかった。 また、 Fe の含有量が変化しても、 CPO の傾向に大 きな変化は見られなかった( 図 3 ) 。 また、変形実験中の1角度 XRD 測定と減圧回収 試料の多角度 XRD 測定から得られたポールフィギュ アの結果は調和的であり、本研究における1角度 XRD 測定から得られるポールフィギュアは信頼性 があることを確認出来た。この結果は、減圧回収時 に試料が引張変形を受けていたとしても、その影響 は実験中のせん断変形によって形成された CPO を 上書きするほどは大きくなく、減圧回収試料は実験 中のせん断変形の情報を保持していると考えられる。 5.考察 Amodeo ら は 従 来 の 対 称 型 DAC を 用 い た 定 性 的な高圧下の一軸圧縮変形実験より、ペリクレー スでは温度と圧力の増加に伴い、支配的なすべり 面が { 110 }面から { 100 }面へと変化することを報 告した [7] 。本研究の結果はこの結果と整合的であ り、フェロペリクレースでも、高圧力下において、 { 100 } 面がせん断方向に平行に配向する結果が示 された。これは下部マントルに沈み込みマントル底 に横たわるスラブを想定した場合に、 S 波速度が鉛 直方向よりも水平方向の方が大きいという地震波異 方性の観測結果と一致する。ただし、フェロペリク レースではペリクレースよりも低い圧力で { 100 } 面が配向した。例えば、常温下でペリクレースは約 60 GPa の圧力で { 100 }面が配向するが、フェロペ リクレースでは約 30 GPa の圧力で配向した。この 違いは Fe が加わることによって、 MgO と比較して フェロペリクレースのすべり面の臨界分解せん断応 力の温度圧力依存性が変化し、 { 100 } 面の配向がよ り低い圧力で生じる可能性が考えられる。 また、 Fe90 % という高い Fe 含有量かつ歪量 6.6 の実験では、得られた CPO は他の実験結果とは異 なり、 100 軸が同心円状に配向する特徴的な組織を 示した( 図 4 ) 。この組織は、同組成の歪量 2.2 の 実験では観察されていない。この特異的な CPO は、 Heidelbach ら Fe20 % のフェロペリクレースのねじ り変形実験で報告した組織とよく類似している。彼 らの実験条件は本研究より低い圧力( 300 MPa )か つ高い歪量( 15.5 )であった。彼らはこのような組 織はひずみの蓄積による組織発達に起因し、 2 つ以 上のすべり系、例えば、 { 100 } 面と { 111 } 面が同時 に活性化するような変形が起こることで、このよう な組織発達が生じる可能性を提案している。これは Fe に富む試料の方が、 Fe に乏しい試料よりも速く 動力学的過程が進行するためだと考えられる。した がって、支配的なすべり系が大きく変化しなくても、 発達するフェロペリクレースの組織は、 Fe の含有 量や歪量によって変化する可能性が示唆される。 謝辞 本研究を実施するにあたり協力してくださった高輝 度光科学研究センターの上杉健太朗氏、安武正展氏、 河口沙織氏、 門林宏和氏、 広島大学の岡﨑啓史准教授、 Eranga Gyanath Jayawickrama 氏、 八木寿々歌氏、 東京科学大学の長谷川暉氏、石森慧也氏、古賀亘氏、 京都大学の野村龍一氏に感謝します。実験および X 線 測 定 は、 SPring-8 の BL10XU お よ び BL47XU で 行 い ま し た( 課 題 番 号 2023B0312 、 2023B0320 、 2024A0312 、 2024A0320 、 2024B0312 、 2024B0320 ) 。 図 4 変形実験後のポールフィギュア [ 6 ] 120 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.2 SEPTEMBER 2025 FROM LATEST RESEARCH 参考文献 [1] R. Nomura et al .: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 044501. [2] Y. Park at al.: GRL 49 (2022) 21. [3] R.Nomura et al .: Rev. Sci. Instrum. 87 (2016) 046105. [4] S. Azuma et al .: High Press. Res. 38 (2018) 23. [5] S. Azuma et al .: Rev. Sci. Instrum . 95 (2024) 073907. [6] B. Natsui et al .: PEPI 366 (2025) 107392. [7] J. Amodeo, P. Carrez, P. Cordier : Philosophical Magazine 92 (2012) 1523-1541. [8] F. Heidelbach, I Stretton, F Langenhorst and S Mackwell : GRL 108 (2003) 2154. 夏井 文凜 NATSUI Bunrin 東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 〒 152 - 8550 東京都目黒区大岡山 2 - 12 - 1 I 2 - 13 TEL : 03 - 5734 - 2334 e-mail : natsui.b.aa@gmail.com 東 真太郎 AZUMA Shintaro 東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 〒 152 - 8550 東京都目黒区大岡山 2 - 12 - 1 I 2 - 8 TEL : 03 - 5734 - 3536 e-mail : azuma.sihntaro@eps.sci.titech.ac.jp 太田 健二 OHTA Kenji 東京科学大学 理学院 地球惑星科学系 〒 152 - 8550 東京都目黒区大岡山 2 - 12 - 1 I 2 - 13 TEL : 03 - 5734 - 2590 e-mail : k-ohta@geo.titech.ac.jp SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.2 (2025 年 9月号) 121 ͔Βڀݚのۙ࠷