[14th SpRUC Young Scientist Award受賞 研究報告]
硬X線結像ミラーによるXFELの極限的集光
Extreme focusing of X-ray free-electron laser using X-ray imaging mirror optical system
執筆者情報
所属機関 Affiliation
大阪大学 大学院工学研究科 附属精密工学研究センター
Graduate School of Engineering, The University of Osaka
抄録/Abstract
X線自由電子レーザー(XFEL)の高ピーク輝度特性を最大限に引き出すためには、ナノメートル領域へのX線微小集光が不可欠である。我々は、結像特性を備えた硬X線ミラー光学系とX線波面補正技術、ならびに高精度集光評価法を組み合わせることで、集光径7 × 7 nmおよびピーク強度1022 W/cm2 を達成するXFELの極限的集光システムの開発を実施してきた。本稿では、これらの研究開発結果および超高強度XFELの初めての応用実験結果について紹介する。
本文
大阪大学 大学院工学研究科 山 田 純 平 [14th SpRUC Young Scientist Award 受賞 研究報告] 硬 X 線結像ミラーによる XFEL の極限的集光 Abstract X 線自由電子レーザー( XFEL )の高ピーク輝度特性を最大限に引き出すためには、ナノメートル領域への X 線微小集光が不可欠である。我々は、結像特性を備えた硬 X 線ミラー光学系と X 線波面補正技術、ならびに 高精度集光評価法を組み合わせることで、集光径 7 × 7 nm およびピーク強度 10 22 W/cm 2 を達成する XFEL の 極限的集光システムの開発を実施してきた。本稿では、これらの研究開発結果および超高強度 XFEL の初めて の応用実験結果について紹介する。 1.はじめに 高ピーク輝度を有する X 線自由電子レーザー ( XFEL ) は、マイクロ~ナノメートルスケールの 微小領域への集光を行うことで、その強度を飛躍 的に高めることが可能となる。 SACLA においても、 XFEL を 10 ナノメートル以下 ( sub-10 nm ) の極限 的なサイズまで集光することにより、集光ピーク強 度は 10 22 W/cm 2 を超えると予想される。この X 線強 度は、単分子からの X 線回折測定や、ポンデロモー ティブ力を介した新たな電子励起といった、多くの 分野における革新的応用につながるものとして、長 年にわたり実現が待ち望まれてきた。しかしながら、 従来 XFEL で広く用いられてきた Kirkpatrick–Baez ( KB ) 配置に基づく集光ミラーは、いわゆるアッベ の正弦条件を満たさず、強いコマ収差 (軸外収差) を有するという課題を抱えていた。このため、 10 nm 集光を目指す場合、入射角の僅かなずれにも極 めて敏感となり、光源や光学素子の微小な振動に よってパルスごとの集光状態が大きく変化してしま う上、長期間にわたり安定した集光条件を維持する ことが困難であった。 我々は、独自に開発してきた結像特性を有する advanced KB ミラー [1,2] を応用することで、高い安 定性と実用性を両立させた XFEL の 7 × 7 nm 集光 を実現した [3] 。 その結果、 1.4 × 10 22 W/cm 2 に達す るピーク強度を達成し、固体密度金属の完全電離な どの応用にも成功している。本稿では、著者らが行 なったこれらの硬 X 線結像ミラーによる XFEL の極 限的集光に関する研究について紹介する。 2.XFEL sub-10 nm 集光光学系 XFEL のナノ集光では、強度の増大が至上命題 であるので、集光効率 (スループット) および開口 幅 (アクセプタンス) の大きさの観点から、反射型 図 1 開発した Wolter III 型配置に基づく advanced KB ミラー光学系の概略図 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 215 最近の研究から X 線ミラー光学素子 [4-6] が用いられる。しかしなが ら、従来 XFEL で一般に使用されてきた KB ミラー 光学系は、冒頭で述べたように軸外コマ収差の影響 により、安定した集光を実現することが難しい。そ こで本研究では、楕円凹面と双曲凸面を組み合わせ た、 Wolter III 型配置に基づく advanced KB ミラー ( 図 1 ) を採用した。 本光学系は、二回反射によりアッベの正弦条件を 満たし、コマ収差を大幅に抑制することで、従来比 で 1000 倍以上の入射角誤差許容度を実現している。 また、一次元方向に二枚のミラーを対向配置する構 成をとることで、光学系の主面を焦点方向へシフト でき、実用的な作動距離と sub-10 nm 集光に十分な 縮小倍率の両立を可能としている。 SACLA における光源サイズおよびビームサイズ を実測に基づいて考慮し、光子エネルギー 9.1 keV にて 7 × 7 nm の集光径を達成可能な XFEL sub-10 nm 集 光 シ ス テ ム の 設 計 を 行 な っ た。 結 果 と し て、水平・鉛直両方向ともに開口数 0.01 、縮小倍率 6000 倍以上、アクセプタンス 500 μm 、入射角許容 誤差 200 μrad 以上、といった設計パラメータが得ら れた。設計上の作動距離は 43 mm であり、実際の XFEL 実験に対して十分汎用的である。また、楕円 凹ミラーには多層膜ブラッグ反射を用い、予想され るスループットは約 38% ( 4 回反射率 50 % 、入射光 受けこぼし比 75% ) 、到達可能なピーク強度は 10 22 W/cm 2 に達する見込みである。 3.X 線波面補正によるミラー形状修正 X 線ミラーに求められる形状誤差精度 d ( peak-to- valley: PV 値 ) は、 Rayleigh の 1/4 波 長 則 に 基づき、 次式で表される。 d = λ 8 sin θ ここで、λは波長 ( m ) 、θは斜入射角 ( rad )を 表す。最大値で約 27.6 mrad の斜入射角を有する XFEL sub-10 nm 集光光学系では、最も厳しい条件 下でおよそ 0.6 nm PV の形状精度が求められる。こ の精度は Si 原子間距離のわずか 2 ~ 3 個分に相当し、 その達成には加工精度はもとより計測精度の確保が 重要である。測定できないものを正確に加工するこ とはできないためである。しかし、対象とするミ ラーは曲率半径が 80 m ~ 3 m の急峻な湾曲面であり、 可視光を用いた最新の形状計測技術でも 0.6 nm PV 精度での計測は実質的に困難である。そこで本研究 では、 X 線格子干渉計を用いた波面計測に基づく形 状修正 (波面補正) 技術 [7,8] を導入した。 X 線 格 子 干 渉 計 は、 回 折 格 子 に よ っ て 生 じ る Talbot 効果を利用した計測手法である。短波長の X 線をプローブとすることで、実際の光学配置下でミ ラー表面の形状を高精度に評価でき、曲率依存性の 影響を受けにくいという特徴をもつ。さらに、本研 究では系統誤差補正を綿密に行い、特に検出器系に は低歪レンズを備えた独自設計の X 線カメラを採用 した。その結果、波面精度としてλ /72 rms に達す る高精度な波面計測を実現した [8] 。得られた波面誤 差データは、光線追跡および波動伝搬計算によって ミラー形状誤差に変換される。形状修正には、制御 性と再現性に優れ、 X 線反射膜形成との親和性も高 い差分成膜法 [7,9] を用いた。マグネトロンスパッタ による成膜時にスリットを用いたスポット生成とス テージ走査速度の制御を組み合わせることで、成膜 後の表面形状を任意に制御することが可能である。 SPring-8 BL29XU での波面計測に基づき実施し 図 2 形状修正前後の波面誤差プロファイル 216 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 FROM LATEST RESEARCH た波面補正結果を 図 2 に示す。修正前に 2 λ PV 以 上あった波面誤差は、わずか 2 回の修正加工で約 λ /6 PV まで改善された。波面精度もλ /15 rms に達し、 Maréchal 基準を満たす回折限界集光性能が得られ た。これをミラー形状誤差に換算すると、最も厳し い箇所で約 0.5 nm PV に相当し、従来の可視光計測 法を上回る精度を達成した。本波面計測は、実験効 率および光源安定性の観点から XFEL ではなく放射 光 X 線を用いて実施した。 2 つの最先端 X 線光源が 隣接する SPring-8/SACLA の環境と、結像ミラーの 導入によって高いロバスト性を備えた集光システム 設計が相まって、初めて実現した成果といえる。 4.XFEL ナノ集光の高精度計測 パルス毎の XFEL 特性変化が存在する条件下で、 10 nm 以下の XFEL 集光径を正確に評価および保証 することも難しい課題であった。従来用いられてき たフーコーテストやナイフエッジスキャン法では、 集光点の位置変動 (ジッター) や、高強度 XFEL に よるアブレーションダメージの観点から、 10 nm 以 下の測定精度を得ることは難しい。このため本研究 では、 X 線波面計測法・ X 線イメージング法を応用 した高精度な集光評価法を開発した。 まず、前述の格子干渉計による波面計測結果を基 に、波動逆伝搬計算を適用した。 X 線波動場の波面 (位相) 情報と、通常の検出器で取得可能な強度(振 幅)情報を組み合わせることで、 Fresnel–Kirchhoff 回折積分に基づく逆伝搬計算により焦点上の強度分 布を求めることができる。結果の詳細は次段落にて 示すが、波面計測の範囲内では 6.9 × 7.0 nm の集光 サイズが見積もられた。一方で、当初の結果にはア ライメント誤差、特に非点収差や直角度誤差に起因 する低次収差成分に対する絶対精度の不足が確認さ れた。 X 線格子干渉計で高い絶対精度を実現するた めには、用いる回折格子および検出器のディストー ション、すなわち正方格子がわずかに縦・横・斜 め方向への歪む効果、に対する精度が 0.02 % 以下 でなければならない。これは、回折格子において 約 0.5 nm 、検出器において 2 ~ 3 nm の精度でピクセ ルサイズの一様性が求められることに相当し、現実 的な達成は困難である。他手法によるキャリブレー ションの導入が不可欠であると言える。 そこで次に、近年急速に発展している X 線イメー ジング手法の一つであるタイコグラフィ [10,11] を適用 した。コヒーレント回折パターンからの反復的位相 再構成に基づくタイコグラフィ計測では、高解像度 図 3 集光波動場の評価結果 ( a ) タイコグラフィにより評価した波面誤差および集光強度分布 ( b ) X 線格子干渉計により評価した波面誤差および集光強度分布 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 217 最近の研究から の試料像に加えて、プローブ関数と呼ばれる試料を 照明した光の複素波動場が得られる。この照明波動 場は位相と振幅の情報を正確に含むため、焦点上の 強度分布の評価に応用できる。高強度焦点における アブレーション損傷に留意しつつ、 80~100 μm デ フォーカスした位置にて実施したタイコグラフィに よる集光評価結果を 図 3(a) に示す。 6.8 × 6.9 nm の集光サイズが得られ、目標集光径の達成が確認さ れた。また、 X 線格子干渉計による評価結果との比 較を 図 3(a,b) に示す。予期していたとおり、 X 線 格子干渉計の結果には約 8 μm 程度の非点収差に相 当する低次収差成分が残存していた。一方、タイコ グラフィの結果を基にキャリブレーションを行っ たところ、両者の結果は良好に一致し、高精度に XFEL の 7 × 7 nm 集光径が計測されたと結論づけた。 5.固体密度金属の完全電離 最終的に得られた集光強度は、実測されたミラー 反射率および焦点外へ散乱した強度成分を考慮し て も、 パ ル ス 幅 7 fs の XFEL に お い て 1.45 × 10 22 W/cm 2 に達した。この値は、従来の XFEL で得られ ていた強度を約 2 桁上回り、可視光レーザーの最先 端技術 [12] にも匹敵する超高光子密度を実現したこ とを意味する。また、波面計測による評価の結果、 10 時間を超える安定した集光性能が確認され、長 時間安定性にも優れていることが示された。 達成された 7 nm 集光 XFEL の応用例として、固 体密度金属 Cr (クロム) 試料の完全電離実験を実 施した。非晶質熱分解グラファイト ( HAPG ) ( 001 ) 結晶と MPCCD 検出器から構成される分光器を用い、 焦点近傍に配置した厚さ 2 μm の Cr 薄膜からの発光 スペクトルを計測した結果を 図 4 に示す。通常の蛍 光発光である K α線および K β線に加え、 He 線およ び Ly 線と呼ばれる原子線スペクトルの観測に成功 した。特に Ly 線の存在は、電子が 1 つのみ残存し た水素様金属イオンが生成されたことを示している。 さらに、より高強度の焦点条件では Ly 線のスペク トル強度が減衰することが確認された。これは、全 ての電子が励起され、発光に関与する緩和過程が消 滅したことを示しており、電子が完全に剥ぎ取られ た「完全電離状態」が生成されたことを強く示唆し ている。これにより、従来は高エネルギー粒子ビー ムによって生成されてきた高度電離状態のイオン を、 X 線によって生成・観測できる可能性が示され た。内殻電子と支配的に相互作用を示す X 線独自の 特性から、原子・分子物理学や高強度場科学におけ る新たなツールとしての展開につながるものと期待 される。 6.おわりに 本稿では、著者らが SACLA BL3 にて開発した 7 nm 集光径・ 10 22 W/cm 2 強度を実現する X 線集光シ ステムに関して紹介した。今後の展開としては、未 踏の X 線非線形光学現象の観察や、結晶化を必要と しないタンパク質の単分子構造解析への応用が期待 される。後者に関しては、 SACLA での技術確立が 目前に迫るアト秒 XFEL [13,14] との組み合わせにより、 超高強度 FEL を用いながらも電子系ダメージを抑 制した精密構造解析が可能となる見通しである。光 学システムの発展としては、著者らのグループにて、 時間分解測定に必須となる二色 / ダブルパルス FEL へ対応するための新奇 X 線多層膜ミラーの開発を進 めている。 より広い視野で見れば、本研究で培われた X 線ミ ラー技術を、放射光 X 線源へと還元・展開すること も今後の重要な課題である。とりわけ、大幅な高輝 度化が期待されている第四世代放射光源へのアップ グレード [15] 後には、光源性能を余すことなく引き 出す高フラックス・ナノ集光技術として多岐に渡る X 線科学に貢献していくことを目指している。 図 4 試料位置をデフォーカス方向に変化させながら取 得した Cr 薄膜からの発光スペクトル 218 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 FROM LATEST RESEARCH 謝辞 本稿で紹介した研究は、大阪大学の山内和人教授、 佐野泰久教授、藤大雪氏、伊藤篤輝氏、塩井康太氏、 理 化 学 研 究 所 の 矢 橋 牧 名 氏、 井 上 伊 知 郎 氏( 現 東京大学) 、大坂泰斗氏、山口豪太氏、玉作賢治氏、 JASRI の 登 野 健 介 氏、 籔 内 俊 毅 氏、 犬 伏 雄 一 氏、 大橋治彦氏、小山貴久氏、湯本博勝氏、名古屋大学 の松山智至教授、井上陽登氏らを始めとする多くの 研究者との共同研究によるものである。数多くのご 指導およびご支援に深甚の謝意を表す。 参考文献 [ 1 ] J. Yamada et al .: Appl. Opt . 56 (2017) 967-974. [ 2 ] J. Yamada et al .: Opt. Express 27 (2019) 3429- 3438.. [ 3 ] J. Yamada et al .: Nat. Photon . 18 (2024) 685-690. [ 4 ] H. Yumoto et al .: Nat. Photon . 7 (2013) 43-47. [ 5 ] H. Mimura et al .: Nat. Commun . 5 (2014) 3539. [ 6 ] H. Yumoto et al .: Nat. Commun . 13 (2022) 5300. [ 7 ] S. Matsuyama et al .: Sci. Rep . 8 (2018) 17440. [ 8 ] J. Yamada et al .: Sensors 20 (2020) 7356. [ 9 ] S. Handa et al .: Surf. Interface Anal . 40 (2008) 1019. [10] J. M. Rodenburg et al .: Phys. Rev. Lett . 98 (2007) 034801. [11] A. M. Maiden, and J. M. Rodenburg: Ultramicroscopy 109 (2009) 1256-1262. [12] J. W. Yoon et al .: Optica 8 (2021) 630-635. [13] S. Huang. et al .: Phys. Rev. Lett . 119 (2017) 154801. [14] J. Yan. et al .: Nat. Photon . 18 (2024) 1293-1298. [15] H. Tanaka et al .: J. Synchrotron Rad . 31 (2024) 1420-1437. 山田 純平 YAMADA Jumpei 大阪大学 大学院工学研究科 附属精密工学研究センター 〒 565 - 0871 大阪府吹田市山田丘 2 - 1 TEL : 06 - 6879 - 7285 e-mail : yamada@prec.eng.osaka-u.ac.jp SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 219 最近の研究から