第22回 SPring-8産業利用報告会
The 22nd Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8
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所属機関 Affiliation
(公財)高輝度光科学研究センター 産学総合支援室
General Support Division, Japan Synchrotron Radiation Research Institute
本文
公益財団法人高輝度光科学研究センター 産学総合支援室 堂 前 和 彦 第 22 回 SPring-8 産業利用報告会 1.はじめに サンビーム共同体、兵庫県、 (株) 豊田中央研究 所、高輝度光科学研究センター( JASRI )および SPring-8 利用推進協議会 (推進協) の 5 団体の共催で、 第 22 回 SPring-8 産業利用報告会が 9 月 2 日、 3 日に 大阪科学技術センター (大阪市) において開催された。 本報告会は 2004 年、専用ビームライン( BL )と しての利用が本格化していた産業用専用ビームライ ン建設利用共同体(旧サンビーム)と兵庫県および 共用 BL での産業利用支援を加速し始めた JASRI の 3 者が、それぞれの利用成果を報告する会を合同開 催する形で始まった。 2010 年の第 7 回からは、前 年より専用 BL の運用を開始した豊田中央研究所 が主催に加わり、また第 12 回からはそれまで協賛 団体であった推進協も主催側となって回を重ねて きた。報告会の目的とするところは開始当初から 1 )産業分野における放射光利用の有用性の広報、 2 ) SPring-8 の産業分野利用者の相互交流と情報交 換の促進となっており、現在まで変わらずに続い ている。今回は、 SPring-8-II へのアップグレード 計画が決定し、 2027 年度からシャットダウンとな ることを受け、文部科学省からの企画講演および 「 SPring-8-II に向けたユーザーからの期待と要望」 として 4 件の企画講演とパネルディスカッションを 設けるといったプログラムの下、大阪での開催と なった。 2 日間の参加者数は 189 名と昨年の東京開 催や過去の関西での開催時の参加者数と比較すると 少なかったが、口頭発表、ポスター発表共に活発な 交流が行われ、報告会の開催目的に叶ったものに なったと考える。 2.口頭発表 1 日目 口頭発表は 8 階の大ホールで行われた。会場の様 子は 写真1 に示すとおりで、従来利用してきた会場 に比べると少し狭い感じがしたが、参加者数が少な かったこともあり、本報告会に適切な会場であった。 最初に主催者代表挨拶として JASRI ・中川理事長 の挨拶(セッション1: 写真 2 )が行われた。続く 兵庫県成果報告会(セッション 2 )では、ひょうご 科学技術協会の渕上氏より兵庫県の放射光に関する 取組み状況の説明が行われ、放射光研究センターに テクニカルアドバイザーを 3 名設置し、県内企業の 放射光利用ニーズの掘り起こしを進めていくことが 説明された。その後、コベルコ科研の森氏からは ニュースバルを用いたオペランド XAFS による硫黄 電池の反応解析により、硫黄の溶出が原因で容量が 低下していることが示された。続いて兵庫県立大の 写真 1 口頭発表会場の様子 写真 2 中川理事長の挨拶 236 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT 大河内教授からニュースバルの光源と BL09 に新た な光電子顕微鏡が設置され、 10 月から運用が開始 されることが説明された。 豊田ビームライン研究発表会 (セッション 3 ) では、 豊田中央研究所の加藤氏より燃料電池内で発生する 液水の分布変化を CT 観察し、温度上昇に伴う液水 分布の移動を明らかにした上で、液水の分布と発電 量の関係を明らかにしたことが示された。続いて、 同所の米山氏からは射出成型された樹脂の接着強度 を解析するための樹脂 / 金属界面に対してマイクロ ビーム X 線回折測定を行った結果、接合温度が低い ( 80 ℃)とアンカー効果が発生しておらず、 120 ℃ 以上になると樹脂側界面近傍に粒状の結晶相が発生 し、これが破断強度と関係していることが示された。 続いて、サンビーム研究発表会(セッション 4 ) では、組織の現状報告と 3 件の発表が行われた。組 織の現状については代表を務める小坂氏(豊田中央 研究所)から報告が行われ、 2024 年 4 月から 5 社で 新たな体制で始まったサンビーム共同体は現在 7 社 で活動を行っていることが示された。研究発表では、 東芝の近藤氏から二次電池のダイレクトリサイクル 技術開発として、電極材料からバインダを熱処理に より分離した後の電極材料表面を HAXPES 測定し、 塩の残存と表面の状態変化を観測したことが報告さ れた。住友電気工業の高橋氏からは無電解銅めっき の膜厚と気泡の関係を X 線イメージングで調べ、気 泡が吸着していた部分はめっきが薄いことを示した。 神戸製鋼所の山田氏からは鉄鋼の高温酸化被膜(ス ケール)の密着性を評価するため、スケール相の冷 却時に生じる変態と応力変化の関係を X 線回折で求 めた。その結果、徐冷時には FeO から Fe 3 O 4 への変 態が進行する際に体積変化に伴う応力が生じること が剥離現象に影響していることが推察された。 これらの企業からの講演内容は、いずれも各企業 が現実的な問題に対する課題解決に繋がるものであ り、産業界への放射光応用事例として適切な発表で あったと思う。 3.技術交流会 技術交流会は口頭発表と同じフロアの小・中ホー ルで開催され、報告会参加者の約半数となる 98 名 の参加があった。口頭発表者を取り囲んでの質疑を する姿も多数見られ、議論と懇親が深められた。 4.口頭発表 2 日目 JASRI セッション(セッション 5 )では、最初に JASRI 佐藤氏から JASRI における産業利用促進活 動の推進のため、組織の整備と総合支援の実施が説 明された。総合支援では、 10 月から XAFS と SAXS に対してのオフライン解析サービスが運用開始され ることが紹介された。その後に 5 件の研究が発表さ れた。京都大の仲井特定准教授からはヤマハとの共 同研究として、楽器用木材の構造特性解析として、 X 線 CT を用いて木材の配向性と音響特性の関係を 明らかにした報告が行われた。日産アークの伊藤氏 からは Al と接着剤界面の破壊過程をマルチスケー ルの X 線 CT で観察した結果が紹介され、想定され ていたボイド周辺でなくフィラーの周辺が破断の起 点になっていることが示された。立命館大の折笠教 授は燃料電池中のラジカルクエンチャーである Ce の移動現象をオペランド X 線蛍光分析で調べ、湿 度勾配による Ce の移動度を求めた報告が行われた。 日本製鉄の米村氏からは鉄鋼の高温変形中における 組織の回復・再結晶挙動をその場 X 線回折により調 べた結果、転位密度の時間変化から回復と再結晶挙 動を独立に評価できることを示した。日本原子力開 発機構の谷田氏からは、福島第1原発から取り出し た放射性微粒子や燃料デブリを蛍光 X 線分析、 X 線 回折で調べ、組成や結晶構造を明らかにしたが、ま だ、デブリのごく一部の分析であり今後のデータの 蓄積が必要であると報告された。 5.ポスター発表 ポスター発表は昼食を挟んで、技術交流会と同じ 小中ホールで行われた ( 写真 3 ) 。発表件数は 54 件で、 その内研究発表は 41 件、施設報告が 13 件であった。 ポスター件数が従来より減っていることもあり、比 較的余裕のあるポスター配置となったため、説明者 との議論はしやすかったように見えた。 また、最近の産業利用報告会の参加者の顔ぶれに 変化が少ないように感じられることから、企業にお ける放射光の人材の更新を促進することを期待して、 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 237 研究会等報告 今年から若手( 45 歳以下)を対象としたヤングア ワードを設定した。申請者は 20 名で、有識者 2 名 により選定が行われた。 6.企画講演・パネルディスカッション セッション 6 は企画講演として、文部科学省の馬 場参事官より「 SPring-8 の成果最大化に向けて」と いうタイトルで、文科省の基本計画から SPring-8 に 対する期待・要望等が述べられた。 セッション 7 では「 SPring-8-II に向けたユーザー からの期待と要望」と題して 4 名のユーザーからの 講演とそれに続くパネルディスカッションを行っ た。昨年も「 SPring-8-II への産業界からの期待」と して企画講演を行ったが、この時は企業の研究開発 部門におけるマネージャークラスの方が講演をし たが、今年は現在も SPring-8 を頻繁に利用している ユーザーから現場目線として意見が出された。群馬 大の鈴木准教授からはコンプトンイメージングの高 分解能測定やコンプトン散乱+αの複合測定による 電池反応の多角的理解が進むとの期待が述べられた。 村田製作所の西村氏からは高輝度化、高分解能化に 加えて短時間測定によるドリフトの抑制に対する期 待、およびサブミクロン( 50 ~ 100 nm )ビームで の HERFD-XAFS 測定の期待が述べられた。豊田中 央研究所の野中氏からは、 X 線ラマンイメージング の短時間化に対する期待の他に照射損傷対策につい て情報共有できる場の提供、および、ビームの拡大 技術に対する技術検討の要望が出された。 SpRUC の藤原氏からは微小領域の動的測定やスペクトルの 質的向上により、従来の「物性との相関を知る」レ ベルから「因果関係を知る」レベルへの質的向上が 期待されること、課題として照射損傷、検出器数え 落とし、円偏光利用の懸念が述べられた。最後に停 止期間への対応として、コミュニティと施設がイニ シアティブを発揮して交通整理を行う必要があると の意見を示された。 パネルディスカッションには上記の 4 名の講師 に 加 え て 理 研 の 矢 橋 氏、 JASRI の 佐 藤 氏 が 加 わ り、 モ デ レ ー タ ー は JASRI の 桑 本 氏 が 担 当 し て 討 論 が 行 わ れ た( 写 真 4 ) 。 デ ィ ス カ ッ シ ョ ン の テーマは、 1 ) SPring-8-II アップグレードについて、 2 ) SPring-8-II に向けた期待と要望、 3 ) SPring-8-II に向けて産業界がさらに活用するためには、の 3 点 であった。アップグレードについては理研の矢橋氏 より最新情報が紹介され、 2027 年 7 月末に運転を停 止し、 2028 年末に新加速器の立上げ、 2029 年から コミッショニングを開始し、 2029 年度 A 期中に利 用運転を再開する計画が示された。期待と要望で は、特に光源高性能化に関して意見交換を行い、シ ングルナノの高分解能化に関する要望、ダメージに 関するデータベース化、新たなコヒーレントイメー 写真 3 ポスター発表会場 写真 4 パネルディスカッションの様子 238 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT ジング技術として Inline-holography の紹介等があっ た。産業界の活用に関しては、佐藤氏から「必要な 情報」を「適切なタイミング」で提供することが重 要との認識から、新たなサービスや制度に向けての 説明が行われ、それらに対しての意見が交換された。 限られた時間のため、各テーマに対して十分な議論 ができたとは言えないが、ユーザーの考えている SPring-8-II に対する期待・要望および懸念事項はわ かりやすく示されたと思う。施設側で対処すべきこ とに関しては十分な対応を期待したい。 続いて、ヤングアワードの表彰式(セッション 8 ) が行われ、川崎重工業の根上氏が表彰され記念写真 が撮られた (記念品等は記銘の後、 後日贈呈 : 写真 5 ) 。 7.クロージング 最後の講評と閉会の挨拶(セッション 9 : 写真 6 ) では、例年どおり理研 石川センター長より講評が あり、 「内容が毎年濃くなっている」 、 「その場観察 の威力、 『見る』ことの偉大さを改めて認識した」 との高評に続き、 II への期待と要望に対して「一層 の議論が必要」 、 「データでなくソリューションを提 供」のコメントが述べられた。最後に JASRI 井上 常務理事より閉会挨拶があった。 8.おわりに 今回の会場である大阪科学技術センターは、産業 利用報告会としては初めての利用となる。新大阪か ら地下鉄一本でアクセスできることから利便性は良 かった。今回の参加者数が 200 人未満であったので 会場の広さには余裕が感じられ、ワンフロアで口頭 発表、ポスター発表および交流会まで実施でき、産 業利用報告会を盛会裏に終えることができた。準備 段階から当日の運営、さらに事後のとりまとめ等、 主催団体の事務局のご尽力と後援団体の関係者各位 のご協力に、この場を借りてお礼申し上げます。 昨年の報告会からサンビーム発表枠が半減し、今 年度は兵庫県からの発表も半減した上に 2 件の発表 はいずれもニュースバルに関するものであった。ま た、 JASRI セッションにおいても専用ビームライン からの発表が行われているように、企業の共用ビー ムラインでの成果公開利用の減少による講演者の確 保の困難が懸念される。 2024 年度から成果準公開 制度が設定されたので、企業の方には是非この制度 を活用して積極的に発表してもらいたい。 堂前 和彦 DOHMAE Kazuhiko (公財)高輝度光科学研究センター 産学総合支援室 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 050 - 3502 - 6913 e-mail : kdohmae@spring 8 .or.jp 写真 5 ヤングアワード表彰式 写真 6 石川センター長の講評 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 239 研究会等報告