第13回MEDSI2025国際会議参加報告
Report of 13th International Conference of Mechanical Engineering Design of Synchrotron Radiation Equipment and Instrumentation (MEDSI2025)
執筆者情報
所属機関 Affiliation
[1](公財)高輝度光科学研究センター ビームライン光学技術推進室 Beamline Optics Division, Japan Synchrotron Radiation Research Institute、[2](公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, Japan Synchrotron Radiation Research Institute
本文
公益財団法人高輝度光科学研究センター ビームライン光学技術推進室 坪 田 幸 士 加速器部門 太 田 紘 志 第 13 回 MEDSI2025 国際会議参加報告 1.はじめに 第 13 回 Mechanical Engineering Design of Synchrotron Radiation Equipment and Instrumentation ( MEDSI2025 )が、 2025 年 9 月 15 日から 19 日にか けてスウェーデン・ルンドで開催された。本会議は、 シンクロトロン放射光および自由電子レーザの機器 設計や技術革新を対象とする国際会議であり、隔 年開催を重ねて四半世紀を迎えた。会場は Science Village 内の「 Loop 」で、路面電車( tram )の停車駅、 Lund ESS 駅から徒歩 1 分ほどというアクセスの良 い立地であった。この駅名にもある ESS ( European Spallation Source )は、 2027 年に運転開始を予定し ている施設であり、ルンドで現在建設が進められて いる世界有数の大強度中性子源を備えた大型研究施 設である。会議はこの ESS に隣接するエリアで開 催されたこともあり、 ESS 関係者からの参加、発表 も多く見られた。今回の会議は、ヨーロッパ開催と いう地理的要因もあり欧州の施設が多く参加してお り DESY や MAX IV 、 Diamond Light Source からの 参加者が多数を占めた。一方、アジアからの参加者 も目立っており、中国科学院( CAS )のほか、次 回開催地となる韓国や台湾、タイなどの施設からの 参加が見られたほか、アメリカやブラジルなどから も参加があり、世界各地の計 70 施設から総勢 393 名の研究者が集まったと報告された。会期中は、口 頭 53 件、ポスター 182 件の計 235 件の発表が行われ、 各施設における設計技術や実装事例が共有された。 日本の施設としては、 SPring-8 から 4 名が参加し、 KEK からも 3 名が参加した。 SPring-8 からは、次期 アップグレード計画「 SPring-8-II 」に関連する技術 開発の現状を発表した。会議全体の発表内容は放射 光を利用した利用研究というよりも機器開発やエン ジニアリングに重点を置いた技術開発のテーマが中 心であった。実務中心で堅い印象の会議ではあるが、 国際会議らしく施設見学やバンケットなども開催さ れた。初日に開催された施設見学では、スウェー デンの放射光施設の MAX IV を見学した。 MAX IV では共鳴非弾性散乱分光エンドステーションに加え、 加速器トンネル内にも入り、世界で初めて建設され た第四世代の光源加速器のコンパクトな造りを見学 した。また、会議 4 日目の夜に開催されたバンケッ トでは、スウェーデンとデンマークを結ぶ Øresund Bridge を望む海辺のパーティ会場で北欧らしい料理 も楽しむことができた。 図 1 バンケット会場からの写真、エーレ海峡の向こう にコペンハーゲン市街がかすかに見える 図 2 学会会場と、その目の前に停車するルンドの路面 電車( tram ) SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 255 研究会等報告 2.基調講演と全体動向 開会セッションでは、 MEDSI の創設者の一人で ある米国ブルックヘブン国立研究所の S. Sharma 氏 から「 MEDSI の 25 年とこれから」が語られ、 1999 年の初回開催から四半世紀の歩みを振り返るととも に、放射光施設を支える国際的な技術ネットワーク と今後の人材育成の重要性が示された。また、第 4 回にあたる MEDSI2006 が SPring-8 主催により姫路 で開催されたことも紹介された。 Sharma 氏は、参 加者数や発表件数の着実な増加を示しながら、精密 加工、熱負荷対策、振動抑制など多岐にわたる工 学的課題を国際的な協力のもとで解決してきた経緯 を紹介した。続く招待講演では、開催地ルンドに所 在する MAX IV の次期アップグレード計画「 MAX 4U 」が発表され、施設側が掲げるビジョンと技術 的な挑戦が具体的に紹介された。さらに、他施設に おいてもアップグレード計画が進行していることが 報告され、 各国が一斉に 「次の光源アップグレード」 に取り組んでいる現状が伝えられた。特別講演では、 2023 年ノーベル物理学賞の Anne L ’ Huillier 教授が 「アト秒科学」について講演し、光源技術の進歩が 新しい科学領域を切り拓いていることを示した。 会期中の発表は、ビームライン、加速器、シミュ レーション、新施設設計・アップグレード、精密メ カニクス、基盤技術開発の 6 つの主要セッションに 分類され、口頭発表およびポスター発表として報告 された。参加者の多い会議ではあったが、パラレル セッションは設けられず、全員が同じ会場で一つ一 つの口頭発表を聴講する形式で進められた。その中 で特に印象的だった加速器とビームラインセッショ ンの内容について以下に紹介する。 3.加速器セッション 加速器のセッションでは、 MAX IV の Aymeric Robert 氏と Pedro Tavares 氏により MAX 4U のアッ プグレード計画が紹介された。計画としては、性 能と予算などを鑑みて、 2 種類のアップグレード案 が提示された。 1 つ目は最低到達ラインとして設定 された案で、セル内の四極電磁石の 4 個を逆偏向磁 石に置き換えることで電子ビームのエミッタンス を 95 pm ・ rad に下げるというもの、もう 1 つの案と しては設計上の挑戦目標としてセル内の四極電磁 石 12 個を逆偏向磁石に置き換えることで電子ビー ムのエミッタンス 65 pm ・ rad を目指すものであった。 ただ、 2 つ目の案は多極磁石に要求される磁場勾配 が大きく、実現に向けて R&D を行うとのことだっ た。また、ラティス設計に加えて、電子ビームを通 す真空チェンバについての報告もされていた。ここ で興味深かったのが、最低到達ラインとされるアッ プグレードでは、電子ビームの軌道は変わるが、真 空チェンバの変更どころか、大気開放も要らないと されていたところである。通常、電子ビームを通 すチェンバは変形しないように硬く作られている が、 MAX IV のチェンバは外形Φ 24 mm 厚さ 1 mm の銅製の薄く軟らかいパイプである。そのため、変 化した軌道に合わせてパイプを曲げることでアップ グレードに対応可能であり、すでに実物での検証も 済んでいるとのことだった。非常に怖い気もするが、 改造費と設置の手間を省くという点では非常に合理 的で私にはないアイデアであった。発表を見ている 限りでは、技術的にはアップグレード可能ではあっ たが、予算的な課題もあるようで、計画自体は決定 ではないように見えた。 次 に 個 人 的 に 面 白 い と 感 じ た の は、 ア メ リ カ ALS の Ryan Miller 氏によるアップグレード計画で の磁石架台のアライメント試験機の話であった。基 本的には、アップグレード中の停止期間を短縮する ため、アライメント時に磁石架台の天板部の動きが スムーズかつ、押しネジのバックラッシュなどの位 置再現性低下を抑える取り組みについての報告で あった。特に気になったのが、架台の天板と脚の接 触面にあたるブッシングの潤滑剤としてモリコート が最適だという点である。真空関係の実験装置を 作ったことのある読者ならピンとくると思うが、ね じの焼き付き防止に塗る黒いペーストがモリコート である。他に潤滑剤としてオイルやグラファイトな どの一般的な潤滑剤も使われていたが、モリコート を使った場合が最も効率よく磁石架台を調整できた と報告されていた。非常に身近なものを試した結果 が最適解であることに気づいた点で技術者らしい発 表であった。 また、この会議は有限要素法などを使用したシ 256 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT ミュレーションによる解の探索や最適化なども報告 が多い。シミュレーションのセッションで目を惹い た の は、 DESY の Daniel Thoden 氏 の PETRA IV の ために設計された磁石架台の形状最適化の報告で あった。装置の架台といえば、鉄の板材を溶接して 製作された直線的なデザインが多い。これに対し、 PETRA IV の磁石架台はトポロジー最適化を用いた ことで天板と地面の設置面以外が曲面で構成されて おり、見た目はアメリカ映画に出てくるエイリアン の宇宙船の内装を彷彿とさせる。比較に使われた European XFEL の架台と比べると 4 倍重く、 5 t でダ クタイル鋳鉄による鋳造となっており、構造として もかなりリジットであった。この架台の設計では有 限要素法解析により振動特性を評価し、 European XFEL の架台よりも高い減衰率を示すと予測された。 しかし、実機での振動試験(ハンマリング試験)の 結果、シミュレーションでは再現されなかった振動 モードの存在が確認されたと報告されていたが、加 速器のイメージ像を変えそうな発表であったと思う。 加速器のアップグレードを控える施設の職員とし て興味深かったのは、 Argonne National Laboratory の Mark Erdmann 氏の APS のアップグレードに伴う 装置撤去と設置における教訓についてである。現場 を監督するマネージャーに要求されるスキルとタス クについての説明から始まり、工期短縮のための撤 去及び設置作業者の事前教育訓練の重要性や大量の 廃棄物の分別、処理工程のマネージメントのミスに よる工期の遅れの発生、機器運搬時の天候、トンネ ル内の電気設備の劣化など、作業時の事故による機 器と設備の破損など失敗も含めた重要な教訓を報告 していた。 最後に自身の発表に対する感触について記述する。 今回、私が発表したのはかなりピンポイントな話題 である「真空を仕切るゲートバルブの運転時の熱負 荷」についてであった。そのため、他施設の真空の 担当者が「何を対象にどのような手法で検証を行っ たか?」 というように聞いてくることが多く、 「やっ ぱり、ここのバルブはよく考えられている。 」とい うように納得していただいたため、技術者たちから 見ても自身の報告が大外れではないと実感が持てた ことはよかったと思う。 4.ビームラインセッション ビームライン技術のセッションでは、熱負荷対策 から顕微鏡の高分解能化、さらにはバイオセーフ ティ対応の新しい実験環境設計まで、多岐にわたる 報告が行われた。全体としては、高輝度化が進む次 世代光源に向け、 「安定性」と「運用性」をどのよ うに両立させるかが大きな共通テーマとなっていた。 熱負荷対策として印象的だったのは、 ESRF の Alban Moyne 氏による軟 X 線用モノクロメータのア クティブ冷却システムの報告である。従来の受動冷 却では格子表面の歪みや温度応答の遅さが課題で あったが、本研究では柔軟な銅ブレードを介した熱 伝導とヒーター制御を組み合わせ、温度安定性± 2 mK という極めて高い制御を実現していた。干渉 計測では冷却系の寄与が 50 nrad RMS 以下であるこ とが確認され、実際のビーム試験では分解能が 25.6 meV から 22 meV へと改善したと発表された。また、 従来は数時間を要していた熱安定化時間が約 8 分に まで短縮されたと報告された。冷却を能動的に扱う 方法は以前から欧米では注力されているが、我が国 の本質的な安定化を狙う方式とは一線を画している ように感じた。 次に APS の Benjamin Davis 氏からは、 In Situ Nanoprobe ( ISN )ビームラインの設計と初期コミッ ショニング結果が報告された。 ISN は光源から約 220 m 離れた長尺棟に設置された長尺ビームライン で、 25 keV で 20 nm の集光を実現する Kirkpatrick- Baez ( KB )ミラー系を備える。± 0.05 ℃ /1 h の温 度安定性と VC-G ( 0.78 μ m/s rms )相当の振動安定 性を確保し、多様な in-situ 環境に対応可能な構成と なっている。特に、 ISN では KB 光学系を使うがゆ えに、光学・機械・環境制御のすべてが精密に設計 され、振動・温度・位置の微小変動を抑えるための 工学的工夫が随所に組み込まれている点が印象的で あった。 ビームラインの性能として印象的だったのは、 NSLS-II の Evgeny Nazaretski 氏 が 発 表 し た X 線 顕微鏡技術についての報告であった。 Hard X-ray Nanoprobe ( HXN ) では Multilayer Laue Lens ( MLL ) により約 10 nm の集光を実現し、 Zone Plate ( ZP ) 光 学 系 と の 切 り 替 え も 可 能 な 構 成 と し て い た。 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 257 研究会等報告 Submicron Resolution X-ray Spectroscopy ( SRX ) ビームラインでは自作の KB ミラー系により 200 nm の分解能を達成し、蛍光・分光測定に活用している。 さらに 18-ID ビームラインでは 30 ‒ 50 nm の分解能 で 1 分以内にナノトモグラフィーを完了できる ZP 型顕微鏡を導入したとのことだった。これらの報告 を通じて、ナノメートルスケールでの集光がもはや 特別な成果ではなく、次世代光源における標準的な 性能として定着しつつあるということを感じた。装 置開発の各要素においても、光学素子の精度や安定 性、制御機構への要求が一段と高まり、ビームライ ン設計における要求が高まっていることを感じさせ る報告であった。 以上の他に、興味深かったのは、 NSRRC の Bo Yi Chen 氏 か ら 発 表 さ れ た SPring-8 の 12XU ビ ー ムラインにおけるコヒーレント回折イメージング ( CDI )エンドステーション開発についての報告で あった。このビームラインはもともと非弾性 X 線 散乱( IXS )実験用のビームラインとして運用され ているが、本研究では、その下流側に CDI 専用の 実験ステーションを増設することで、 IXS 光学系を 経由せず高コヒーレンスビームを直接利用できる構 成としたものであった。これにより、既存のビーム ラインを活かしつつ、コヒーレント散乱実験と高 分解能イメージングを柔軟に切り替えられるよう になった。印象的だったのは、 SPring-8 と Taiwan Photon Source ( TPS )の両施設で同一装置において 行われた CDI 実験の性能比較であった。結果として、 SPring-8 では TPS に比べてオーダーで高い分解能が 得られ、 SPring-8 の高い地盤安定性と光源性能が測 定結果に大きく寄与したと報告された。今回の発表 は、装置そのものの精度だけでなく、施設自体の安 定性が実験性能に直結していることを改めて示した ものであり、ナノオーダの計測を見越してこの地に SPring-8 を整備した先見性が改めて示された発表で あった。 Sirius/Orion の Renan Ramalho Geraldes 氏から報 告された SIBIPIRUNA ビームラインは、世界で初 めて Biosafety Level 4 ( BSL-4 )環境とシンクロト ロンビームラインを統合する挑戦的なプロジェクト であった。感染細胞を対象としたクライオソフト X 線トモグラフィーを目的としており、水の窓領域 ( 300 ~ 750 eV )で約 30 nm の分解能を実現し、 5 ~ 10 分でトモグラフィー結果を取得できる性能を備 える。実験環境には、内外二重の真空チェンバとバ イオセーフティエンクロージャによる多層封じ込め 構造に加え、 UV 照射および ClO 2 や H 2 O 2 ガスによ る自動除染機構が導入され、安全性と操作性の両立 が図られている。 BSL-4 という極めて高リスクな領 域でありながら、他では実施できない実験を可能と する点に特徴があり、非常に意欲的な取り組みとし て報告されていた。 5.まとめ MEDSI は、技術的な課題に立ち向かった報告が 多く、これから SPring-8-II へと向かっていく我々に とっては非常に学びの多く、見落としていた点や考 えすらもしなかったアイデアを得られた。また、会 議本体ではないが、発表だけではわからなかった点 について、直接議論の機会を持てたことも非常に有 益であった。 MAX IV のサイトすぐ近くということ もあって、 MAX IV 加速器の真空担当者に、個人的 に研究現場を見せてもらい、アップグレードに伴う 調査・開発環境を見られたことも現地での学会に参 加した甲斐があったと考えている。会議の最後には、 次回の MEDSI2027 が韓国・慶州で、そして 2026 年 には MEDSI School がタイで開催されることが発表 された。どちらもアジア圏ということで距離的にも 近く、興味のある方は次回ぜひ参加を検討してみて はいかがだろうか。 図 3 次回の MEDSI 2027 は韓国 ・ 慶州で開催予定である 258 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT 坪田 幸士 TSUBOTA Koji (公財)高輝度光科学研究センター ビームライン光学技術推進室 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0831 e-mail : tsubota@spring 8 .or.jp 太田 紘志 OTA Hiroshi (公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0831 e-mail : hiroshi.ota@spring 8 .or.jp SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 259 研究会等報告