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ICAME-HYPERFINE 2025会議報告
Report on ICAME-HYPERFINE 2025

執筆者情報

執筆者 Author

筒井 智嗣 TSUTSUI Satoshi

所属機関 Affiliation

(公財)高輝度光科学研究センター 産学総合支援室
General Support Division, Japan Synchrotron Radiation Research Institute

本文

公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産学総合支援室 筒 井 智 嗣 ICAME-HYPERFINE 2025 会議報告 1.はじめに 9 月 7 日~ 12 日の期間でポーランドのグダニスク で開催された ICAME-HYPERFINE 2025 に参加し た。 ICAME と HYPERFINE はそれぞれ International Conference on the Application of the Mössbauer Effect ( ICAME )と International Conference on Hyperfine Interactions and Their Applications ( HYPERFINE ) という別々の会議である。運営上は 2 つの別々の会 議の国際委員会が存在する一方で、現地実行委員は 事実上 1 つである。経緯は以下の通りである。 ICAME は 1957 年に後にメスバウアー効果と呼ば れる核γ線の無反跳共鳴吸収現象が R. L. Mössbauer によって報告された直後の 1960 年に発足し、 1960 年代は毎年、その後 2 年おきに開催されている。一 方、 HYPERFINE は International Conference on Hyperfine Interactions として 1967 年に発足し、核四 重極相互作用に関する国際会議( NQI )との合同開 催を経て、現在の呼称に変更となった。 2 つの会議 はお互いの研究者が対象とする観測量が電子と原 子核の相互作用である超微細相互作用( hyperfine interaction )であることもあり、コロナ禍となる直 前の 2019 年頃から合同開催が議論されていた。コ ロナ禍の 2021 年にルーマニアで試行的に合同開 催され、次の 2023 年には ICAME はコロンビアで、 HYPERFINE は日本で開催されたため、今回が本格 的に合同開催される初めてのケースとなった( 図 1 ) 。 開催地のグダニスクは、首都のワルシャワからほ ぼ真北、バルト海に面する港湾都市である。街の主 要部はほぼ徒歩圏内という非常にコンパクトな街で ある。ポーランドの大統領でもあった Lech Wa łę sa (ワレサと聞けばピンとくる方もいらっしゃると思 うが)とゆかりのある街であり、空港の名前には彼 の名前が冠されている。また、グダニスクは温度計 の華氏を定義した Daniel Gabriel Fahrenheit の出身 図 1 会場のホテル入口に設置された学会の開催を告知 する看板 図 2 Daniel Gabriel Fahrenheit の生家近くにある 温度計 260 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT 地であり、街角に華氏の温度計も置かれていた( 図 2 ) 。第 2 次世界大戦で戦前にあった街は壊滅的な損 害を受けたようであるが、現在は綺麗に整備されて いる。街には 14 世紀に造られたクレーンが復元さ れており( 図 3 ) 、その周辺の運河沿いが観光地と しての街の中心である。 2.会議報告 いつの頃からか ICAME では、 Welcome Reception の前に Tutorial Lecture を行うことが恒例となってお り、往年の先生方による Lecture と称する様々な分 野の Review Talk が開会前日に行われた。 Welcome Reception の 翌 日、 会 議 は General Chair で あ る Elzbieta Jartych 氏の挨拶で開会した( 図 4 ) 。初日と 最終日には一つのセッション、それ以外の日はパラ レル・セッションが設けられ、パラレル・セッショ ンの一つが HYPERFINE で、それ以外が ICAME と いう形式で進められた。私の勝手な解釈という前置 きをして初日のプログラムを紹介すると、 Opening 直後の Keynote Lecture は ICAME と HYPERFINE の 合同開催を意識してか、 F. Jochen Litterst 氏による メスバウアー分光とμ SR を用いた量子スピン液体 に関するレビューであった。個人的なことではある が、 筆者が Litterst 氏に会うのは約 30 年ぶりであった。 講演後の coffee break で彼と話をすることができた。 当時まだ博士課程の学生であった筆者のポスターの 前に彼が来て、様々な質問を投げかけられ拙い英語 で筆者が必死に回答していたことは昨日のことのよ うに思い出された。その 30 年前のことを彼に伝え ると、彼自身もそのことを覚えていてくださり、そ のことが今回の会議でとても嬉しかった。 私が初めて参加した 1997 年は放射光によるメ スバウアー効果測定はまだまだ黎明期であり、講 演の大多数は放射性同位体を利用した研究であっ た。このため、放射光で新たな原子核の励起に成 功しただけでも論文として発表ができた時期であ る。しかしながら、昨今の ICAME では Invited Talk や Contributed Talk の約半分が放射光を用いた研究 となり、手法開発の成果だけでなく利用研究に関 する成果も多数発表されるようになった。近年で は、会議の中での放射光や放射光施設の役割も格段 に大きくなり、会議の運営にもその状況が反映さ れていた。初日の Keynote Lecture の後に昼食を挟 む 形 で Synchrotron Session と 題 し て、 APS の Esen Ercan Alp 氏と ESRF の Sergey Yaroslavtsev 氏による Tutorial Lecture が 配 さ れ、 Lecture Room に は 各 放 射光施設のビームラインに関するポスターがおか れ、昼休みや Coffee Break などで各施設の担当者と 図 3 運河沿いに復元された 14 世紀のクレーン 図 4 General Chair として開会の挨拶を行っている Elzbieta Jartych 氏 SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 261 研究会等報告 議論が行えるように工夫がされていた。このほか にも木曜日の午後のセッションには、 ESRF 、 APS 、 PETRA-III 及び SPring-8 の核共鳴散乱のビームライ ン担当者による口頭発表が行われた。 今回の会議は合同開催のため、 ICAME もしくは HYPERFINE のいずれかの会議に登録さえしていれ ば、パラレル・セッションとして開催されるどち らの講演も聞くことができた( 図 5 の写真は最終日 の合同セッション) 。私が聴講した HYPERFINE の セッションでは、原子核や物質科学の研究成果以外 に若手への知識や技術の継承をどのように行うか を主眼に置いた講演もいくつか行われていた。個 人的には、 HYPERFINE の国際委員の委員長でもあ る Stefaan Cottenier 氏による AI 活用による超微細 相互作用に関する知見の発信に関する招待講演や Juliana Schell 氏による ISOLDE-CERN における核 プローブを用いた固体物理の教育プログラムに関す る講演に興味を持った。また、 HYPERFINE のセッ ションにおけるミュオン科学の日本の貢献度の高さ が際立った。 ICAME-HYPERFINE 2025 は計測手法が中心の国 際会議であることから、物質科学を専門とする筆者 が積極的に聞く機会が無い分野の講演も聞けること がこの会議に参加する魅力である。その一つが惑星 学に関するセッションである。ドイツの Hannover 大学を中心としたグループが NASA と共同で 20 年 以上も前に火星に送り込んだ 2 つのローバーに搭載 されたメスバウアー分光器を用いた 57 Fe スペクトル に関する測定結果が報告された。 57 Fe スペクトルを 計測するための RI 線源は約 1 年の半減期の 57 Co を 利用するため、当初の 6 桁以上減衰した RI 線源でも 計測ができていることに驚いた。このほか、 JAXA がリュウグウから持ち帰った鉱物に関する分析結果 も報告された。 図 5 最終日の会議の様子 図 6 Banquet での一幕 262 SPring-8/SACLA/NanoTerasu Information /Vol.1 No.3 DECEMBER 2025 WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT ICAME-HYPERFINE2025 での日本の貢献は大き く、参加者 220 名の約 20 %にあたる 43 名が日本か らの参加者で主催国のポーランドに肉薄する参加者 数であった。メスバウアー分光が盛んなポーランド の隣国であるドイツが 32 名であったことも、日本 からの参加者の多さを示している。今回参加者と いう点でもう一つ特筆すべきは女性研究者の割合 である。筆者が参加するようになった 1997 年以降、 ICAME において女性が chair を務めたのは、 1997 年と 2013 年に加えて今回が恐らく 3 回目だと思う。 今 回 Banquet の 途 中 で、 General Chair の Elzbieta Jartych 氏の呼びかけで本会議に参加した女性参加 者だけで記念撮影を行うこととなった( 図 6 ) 。正 確な人数は把握できていないが、総参加者数の少な くとも 2 割以上は女性の参加者であって、この会議 においてダイバーシティが少しずつ進んでいること を示した一幕ではないかと思われる。 3.おわりに 今回の ICAME-HYPERFINE 2025 のためのポー ランド滞在は文字通り充実した毎日であった。毎 朝の会議が 8 時から開始で午前のセッション終了が 13 時、午後は 14 時 30 分ごろから始まり 18 時頃に は口頭発表が終了というスケジュールが、午後に Excursion が開催される水曜日と最終日を除く毎日 続いた。今回、会場のホテルで昼食が用意されてい たので、会議中に久しぶりに再会する人々とも様々 な 議 論 で き た。 会 議 の Concluding Remark と し て HYPERFINE の国際委員長の Stefaan Cottenier 氏が、 今回 Award Lecture を行った ESRF の Chumakov 氏の 講演で「 pleasure 」という言葉を軸に彼自身の 40 年 の研究を振り返ったことに倣って、 Chair の Elzbieta Jartych 氏に向かって「 complain 」という言葉を軸に、 会議中の昼食や coffee break のお菓子などが美味し かったのでこんなに太ってしまったと言って謝意を 示していたことは、 hospitality という観点でも会議 の充実していたことを表している。唯一私から文字 通りの complain を申し上げるならば、 abstract book に掲載された講演概要が講演番号やプログラムのカ テゴリと全く無関係に配置されていたので、聞きた い講演やその時点で聞いている講演の abstract をな かなか見つけられなかったことである(もしかする と、主催者側としては全ての講演の abstract を読む ようにという意図だったかもしれないが) 。 次回もこの会議は ICAME-HYPERFINE として合 同で 2027 年に開催されることが決まっており、開 催場所はアメリカ合衆国シカゴの APS ( Advanced Photon Source ) 、 会 議 の Chair は APS の Esen Ercan Alp 氏である。 筒井 智嗣 TSUTSUI Satoshi (公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産学総合支援室 〒 679 - 5198 兵庫県佐用郡佐用町光都 1 - 1 - 1 TEL : 0791 - 58 - 0802 e-mail : satoshi@spring 8 .or.jp SPring-8/SACLA/NanoTerasu 利用者情報/Vol.1 No.3 (2025 年12 月号) 263 研究会等報告